また、18年8月の「枝野幸男、魂の3時間大演説」(扶桑社)も話題になった。同年7月20日、当時の安倍晋三内閣に出された内閣不信任案提出の際に行われた立憲民主党代表・枝野幸男氏の「伝説の演説」を収録。同書は枝野氏の演説からわずか2週間強で出版され、そのスピード編集にも驚きの声が上がった。

 だが、HBOのコンセプトを体現したはずのこれらの書籍に関しても、社外からの風当たりは強かったという。別の扶桑社関係者はこう話す。

「扶桑社はフジサンケイグループで、親会社はフジメディアHDです。当然ながら、社風としては自民党、政府寄りです。それなのに、野党第1党の党首の本を出したり、安倍政権に批判的だった菅野氏を売り出したりしたのだから、ハレーションは起こっていました。HBOはいわゆる“左寄り”の記事も多く、『なぜ扶桑社が政権の足を引っ張るようなことをするのか』という批判は多く寄せられていた。読者だけでなく、保守系の政治家や学者、文化人からもクレームが入ることがあり、対応には苦慮していたようです。ときに、旧親会社だったフジテレビに苦情がいくこともあり、そうなると扶桑社としては突っぱねるわけにもいかない、という状態が続いていました」

 実際、HBOで連載されていた安倍政権を題材にした風刺漫画「100日で崩壊する政権」などは、かなり批判的なトーンで安倍前首相や政権幹部を描いている。安倍、菅政権を厳しく批判してきたジャーナリストの横田一氏や法政大学の上西充子教授などの記事も数多く掲載されている。「忖度しない」を掲げるメディアとしては立派だと思うが、親会社にまでクレームが入るような状況だとすれば、その姿勢を貫くには経営陣にも相当の覚悟がいる。

 さらに、扶桑社の100%出資の子会社に教育出版社「育鵬社」があることも問題をややこしくしたようだ。同社は「新しい歴史教科書をつくる会」の流れをくんでおり、歴史や公民の教科書では日本の歴史における「自虐史観」からの脱却を目指した編集方針が顕著だ。必然的に、監修や執筆者には保守系の学者、文化人が多くを占める。前出の扶桑社関係者はこう話す。

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抱えきれなくなった訴訟リスク