しかし、栗花落カナヲには、周囲の人たちから心配される、重大な「欠落」もあった。

■カナヲに「足りない」もの

<カナヲはどうしたかった?>(竈門炭治郎/7巻・第53話「君は」)
<どうでもいいの 全部どうでもいいから 自分で決められないの>(栗花落カナヲ/7巻・第53話「君は」)

 栗花落カナヲには両親がいたが、兄弟が何人もせっかんで殺されるような、劣悪な環境で育った。カナヲは幼いながらも、自分の特殊な眼の能力によって、親の暴力を巧みによけ、なんとか生き残った。しかし、貧しい生活のため、結局は親に売られてしまう。売られたばかりのカナヲを、人買いから救ってくれたのが、胡蝶カナエ・しのぶの姉妹だった。

 カナエとしのぶは、カナヲに十分な衣食住を提供し、実の「妹」のように大切に育てた。それでも、しのぶが「この子全然だめだわ 言われないと何もできないの」と不安になるくらい、カナヲは自分の意思を他者に示すことができず、感情すらも自分でうまく感じ取ることができなかった。カナヲはそんな自分を好きになることができない。

<ごめんなさい 姉さん ごめんなさい><私あの時 泣けなくて ごめんなさい><カナエ姉さんが死んだ時 泣けなくてごめんなさい><ずっとそうしてきたから 泣かないようにしてきたから 急に泣けなかったの ごめんなさい>(栗花落カナヲ/19巻・第163話「心あふれる」)

 カナヲの心の中は、いつも「ごめんなさい」で満ちていた。

■「妹」になりきれないカナヲ

 作者・吾峠呼世晴氏は、漫画『鬼滅の刃』の「大正コソコソ話」という補完エピソードにおいて、カナヲが名字を選んだ場面を描いている。選択肢には、カナエ・しのぶと同じ姓である「胡蝶」、蝶屋敷でともに暮らしているアオイの姓・「神崎」、他にも「久世」「本宮」などがあったが、結局、カナヲが選んだのは「栗花落」という名字だった。

 カナヲはなぜ「胡蝶」を名乗らなかったのか。それは、カナヲが胡蝶姉妹に対する関係を、自分自身でもはかりきれていなかったからではないだろうか。つまり、家族の一員として認められていいのか不安を抱えていたようにも思えるのだ。

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「死」によって開花された感情