水野美紀 24歳、事故で全盲に…そこからが凄かった旅カメラマン「おーちゃん」の世界 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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水野美紀 24歳、事故で全盲に…そこからが凄かった旅カメラマン「おーちゃん」の世界

連載「子育て女優の繁忙記「続・余力ゼロで生きてます」」

水野美紀さん

水野美紀さん

イラスト:唐橋充

イラスト:唐橋充

 42歳での電撃結婚。そして伝説の高齢出産から3年。母として、女優として、ますますパワーアップした水野美紀さんの連載「子育て女優の繁忙記『続・余力ゼロで生きてます』」。今回は、ネットのトークイベントで出会った、全盲のカメラマン「おーちゃん」の凄さについてお届けします。

【全盲のカメラマン「おーちゃん」の凄さ…唐橋さんのイラストはこちら】

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 ネット上でのトークイベントで出会った、全盲のカメラマン「おーちゃん」が自身のフォトエッセイ本を出版するためのクラウドファンディングを始めた。

 おーちゃんは生まれつき目が見えない訳ではない。24歳の時に起きた、不幸な偶然がもたらした信じられない事故によって生死を彷徨った末に失明したのだ。

 北海道の下川町に産まれたおーちゃん。

 大自然の中で、元気いっぱいのびのびと育った。

 獣医である父に連れられて牛や馬のお産に立ち会ったり、母の実家のベーカリーで、ケーキのトッピングを手伝ったり。

 中学校では、真面目な子たちともヤンキーたちとも仲良くやり、時には先生から頼まれて、授業中寝ているヤンキーたちを起こして、さらにその子たちと教室の後ろで机を輪に並べ、授業とは別の勉強を教えていたという。

 先生の言うことを全く聞かない生徒も、おーちゃんからは熱心に授業を受けたという。

「授業についていけなくて分からないから寝ちゃうんだよ。だから僕が分からないところをフォローしてあげてたの」

 と、おーちゃんは言う。

 高校ではバトミントン部に入り、かなりの好成績を残す。

 写真部にも所属し、フィルムカメラで、暗室で現像もして、作品を高文連に応募したりしていた。

 将来は、学校の先生か、旅のコーディネーター、構成作家のどれかになりたいなと考えていたおーちゃんは、山形の国立大学の理学部に進学。フィールドワークに魅力を感じて化学を専攻する。

 大学でのおーちゃんは、仲間とヒッチハイクの旅をしたり、ふらりとカメラ片手に一人旅に出て、路上生活者のおじさんに話しかけて写真を撮らせてもらい、流れで食事や酒をごちそうになって、さらに宿泊させてもらうなんて経験もさらりとしちゃう、相当な好奇心と行動力とコミュ力を発揮して、仲間と経験を増やしていく。

 大学院まで進んだおーちゃん。24歳の時に事故は起こった。


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