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前代未聞のパフォーマンス連発…散々笑わせ、最後は泣いた森本稀哲の野球人生

久保田龍雄dot.
日本ハム時代の森本稀哲 (c)朝日新聞社

日本ハム時代の森本稀哲 (c)朝日新聞社

 スキンヘッドをトレードマークに、本塁打を打った直後の全力疾走や安打性の当たりを果敢にダイビングキャッチするハッスルプレーで人気を博した森本稀哲は、特殊メイクやかぶり物などの奇抜ないで立ちでスタンドを爆笑させたエンターテイナーでもあった。

【写真】現役時代の新庄氏がヒットを1本も打てなかった投手はコチラ

 スキンヘッドは子どもの頃、円形脱毛症で悩んだ苦労を忘れないためという切実な理由から。パフォーマンスの数々は、日本ハム時代のチームメート・新庄剛志との師弟関係抜きには語れない

 プロ野球史上初のストライキ後の初戦となった2004年9月20日のダイエー戦。「ファンのために何かできないか」という新庄の提唱で、5人の選手が秘密戦隊ゴレンジャーに扮して、試合前のシートノックを受けることになった。指名されてアカレンジャーのマスクをかぶった森本は「こんなのかぶって大丈夫?」と戸惑ったが、いざ出て行くと、割れんばかりの大歓声で迎えられた。

 そして、試合も12対12の9回2死、新庄が劇的なサヨナラ満塁弾を放った直後、喜びのあまり、一塁走者の田中幸雄と抱き合って、走者追い越しでアウト。その前に三塁走者が生還していたので、“単打”で13対12のサヨナラ勝ちという、まさかの爆笑フィナーレに。

 この日をきっかけに、「笑いを取る」という新境地を開拓した森本は、後に“劇団ひちょり”と呼ばれたパフォーマンスを次々に披露する。

 オールスター初出場を果たした06年、「初めてのオールスターだから」と新庄に何かやるよう要望された森本は、なんと、頭全体を緑色に塗った特殊メイクで「ドラゴンボール」のピッコロ大魔王に扮し、第1戦の選手紹介に登場。インパクト抜群のファッションは、観衆の目を釘付けにし、翌日の新聞には「宇宙人初参戦!」の見出しも躍った。

 さらに2日後の第2戦でも、ドーナツ型のオーダーメイドのカツラを用意し、カッパスタイルの扮装で、スタンドを爆笑の渦に巻き込んだ。

 だが、「プレーでダメなら、(パフォーマンスも)バカげてしまう」の信条から、3回に左越え2ランを放つと、全力疾走のダイヤモンド1周。5回には、04年の新庄以来、オールスター史上3人目の本盗も成功させ、優秀選手賞を受賞した。


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