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マヂカルラブリー「あれは漫才じゃない」 漫才論争まで勃発したことの本質とは?

連載「道理で笑える ラリー遠田」

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M-1覇者のマヂカルラブリー(C)朝日新聞社

M-1覇者のマヂカルラブリー(C)朝日新聞社

 ピン芸人「野田クリスタル」として地下で活動していた頃の彼の代表作は「ガムテープ男の物語」。普通の人がガムテープを使うときにちょうどいい長さに切って手などのからだに貼っておくことがあるが、その要領でいつでも使えるように全身にガムテープを貼っているという設定だった。

 なかなか奇抜な設定にも思えるが、当時のインディーズお笑い界ではこういう芸人がゴロゴロいたのだという。いかに人と違うことをやるか、いかに「お前、テレビ出る気ないだろ」と仲間の芸人たちに笑われるか。彼らはそこにこだわっていた。

 そんな野田は、村上に誘われてマヂカルラブリーを結成した。そして、コンビでもインディーズ臭の残る一風変わったネタを作り続けてきた。

 インディーズお笑い界では「変わっている」「ふざけている」「頭おかしい」は最高の褒め言葉だ。だから、『M-1』優勝後に「あんなの漫才じゃない」と言われたとき、野田は自分たちが絶賛されているのではないかと思って嬉しかったのだという。これがインディーズ芸人の感覚なのだ。

 インディーズお笑い界で彼らと共に活動してきた芸人の中にはアルコ&ピースやゴー☆ジャスがいる。アルコ&ピースは『キングオブコント』の決勝で精子と卵子に扮した「受精」のコントを演じて、視聴者から苦情が殺到したことがあった。ゴー☆ジャスは派手な衣装と白塗りメイクで「宇宙海賊」を名乗っている。どちらもいまや売れっ子ではあるが、その芸にはインディーズ臭が残っている。

 ここまで述べたことを踏まえると、マヂカルラブリーの漫才が「漫才じゃない」と言われたのは当然のことだ。インディーズ出身の野田は、そもそも自分たちのやっていることが漫才でなければいけないとも思っていないし、漫才じゃないと言われても別に構わない、いや、むしろ言われたいというタイプの芸人なのだから。

 断っておきたいのは、メジャーなお笑い界の芸人とインディーズお笑い界の芸人がそれぞれ別々のものを目指しているわけではない、ということだ。どちらにいる芸人も目指しているものはみんな同じで「人を笑わせたい」ということだけだ。メジャーとインディーズの違いは、あくまでも笑わせ方の大まかな傾向の違いに過ぎない。

 お笑いコンテストの優勝という栄誉は、そこで誰よりも大きな笑いを取った人に与えられる。そのためのアプローチは何でもいい。マヂカルラブリーは己の芸風を貫き通して、史上最もインディーズ臭の強い『M-1』王者となった。この歴然とした事実を前に、不毛な漫才論争の出る幕はない。(お笑い評論家・ラリー遠田)


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ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・ライター、お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。近著は『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)。http://owa-writer.com/

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