◆一人ひとりに名前があり、顔がある

 相談者のなかには、<もう首を吊るしかないと思ったんですけど、私も人間なんですかね、生きたいと思ってしまったんです>とつぶやいた20代の女性もいる。<こんな雨のなか、わざわざ来てくださってありがとうございました>と深々と頭を下げた40代の女性は、10年間もネットカフェや深夜営業のファストフード店で寝泊まりしていた。その間に、身分証明書も携帯電話も盗まれたという。

 全身黒ずくめで身をかため、街を歩くと職務質問される30代の男性は、子どもの頃から家庭が貧しく、<給食だけが支えだった>と打ち明けてくれた。

 ニュースでは「ネットカフェ生活から行き場を失った人」とひと括りにされるが、もちろん一人ひとりに名前があり、顔がある。「それぞれに生きてきた歴史があって、笑ったり、泣いたりしてきた、私たちと違わない一人の人間なんですよ」と小林さんは言う。

 しかし、やっとの思いで届いた相談者のSOSを受け、生活保護申請に同行した福祉事務所では、嫌がらせとしか思えない対応の数々が待っていた。

「東京都が住まいを失った人にビジネスホテルを用意していたのに、どの福祉事務所に行っても、まず相部屋の無料低額宿泊所(無低)に入れようとする。それでは感染対策になりません。不衛生な施設も多く、それがイヤで申請を諦める人も多い。実際、無低に送られて一睡もできなかった若者もいました」

 それだけではない。一日500円で3食をまかなうように迫る福祉事務所の係長もいれば、「ビジネスホテルの利用はできないという文書が出た」と明らかなウソをつく人まで……。支援者が同行していてもこうなのだ。小林さんはこうした対応に抗議をしながら、ビジネスホテルなど個室への滞在を交渉し、そこからアパートに引っ越せるまでサポートしていく。

「とくに緊急事態の最中は、まさに福祉崩壊が起きていて、『来る人みんなを受けていたら、福祉事務所がパンクする』と相談員が口にするような状況でした。大変なのはわかりますが、この人たちは追い返されたら路上生活になるか、死ぬしかない。まさか福祉事務所が、困って相談に来た人に嘘をついて追い返すなんて、普通は想像しませんよね。でも、これが実際に起きていることなんです」

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