外資は年齢に関係なく、仕事のできる社員を厚遇する。上野の月給は、手取りで200万円を突破。社内でも美人の呼び声が高い女性と結婚をし、東京の郊外に派手な一戸建ても建てた。ふたりのかわいらしい女の子も生まれて、行くところ敵なしの勢いであった。酒は銀座か赤坂でしか飲まなくなり、一晩で数万円を使うこともザラになった。

■すべてを失う

 上野のジレンマが始まったのは、「なか」に異動になってから間もなくのことだった。お役所相手の営業は、下町の営業とはまったく趣を異にしたのである。

 上野は下町では人気者だったものの、役所との契約にはどうも馴染めなかった。上司からいくら説明をされても、確実に役所と1年契約を更新する方法をうまく飲み込むことができなかった。

「なにしろ役所側の担当者も、面倒だからなるべく納入業者を変えたくないと言うわけですよ。しかし、他の業者の入札価格をリークしたりすれば、それは犯罪になってしまうでしょう。じゃあどうするかというと、上の人間同士がネゴってうまくやるらしいんです。でも、僕にはこの“うまくやる”ということがどうもよくわからなかったんだ」

 バブル崩壊以前の話である。納入業者はゴルフだの飲み会だのと接待攻勢を仕掛けて、役所の“上の人”と昵懇になる。すると“上の人”が他の業者の入札価格をそれとなく匂わせてくれるという。そこのところの機微が、上野にはどうも掴み切れなかった。

「あの、バニーちゃんのいる銀座のエスカイヤクラブなんて、上司と一緒に何度行ったかわかりませんよ。ちょっと接待を怠ると、お役人の方から『最近どうしちゃったの?』なんて言われてしまう。接待は本当に大変でした」

 接待に継ぐ接待の末、ようやく上司から「この単価で見積もりを書いて入札せよ」という指示が出た。競合他社の入札単価の情報を、役人からリークしてもらったのだろう。上野は上司の指示通りの単価で見積もり書を作成して入札に臨んだ。

ところが……。

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上司が上野に出した信じられない命令とは…