「僕のいたチームのリーダーはMさんといって、関西の大学でアメフトの選手をやっていた人でした。ライスボールに出たこともあるってよく言ってましたね。彼は、成績の悪い部下に対して、絶対に優しい言葉をかけない人だったなぁ」

 営業チームは、4~5人の営業マンによって編成されていた。チームのリーダーは、いかにも外資系らしく、年齢ではなく営業成績によって決められていた。M氏の下には上野の他にも数人の営業マンがいたが、上野以外は全員、M氏よりも年上であった。

「Mさんは年上の営業マンに向かって、『お前、なんで帰ってくるんだ。売れるまで帰ってくるな』とか、『どこへでも行って売り歩いてこい』なんて平気で言っていましたね」

 上野はそんなM氏の姿勢に、激しく違和感を覚えた。しかし、上野の成績を押し上げてくれているのがM氏であることも、紛れもない事実だったのである。

 上野は、たしかに人柄がいい。朗らかで、いかにも隙だらけな感じの好人物である。下町の経営者や店主が、そんな上野にほだされてデモンストレーションに応じてしまうのも頷ける話である。しかし、デモンストレーションが終了するときになって現れるM氏は、おそらく上野とは正反対のタイプだったのだろう。経営者や店主には1週間無料で使わせて貰ったという引け目があるから、強面のM氏に強引にねじ込まれると、しぶしぶでも「じゃあ、少しの間なら」と言わざるを得なかったのではないか。

 要するに、上野は営業のキッカケを作っていただけで、肝心のクロージングはすべてM氏が担当していたわけだ。新人コンテスト全国第2位という輝かしい成績も、実質的にはM氏が作ったようなものだと言っていいだろう。

 しかし会社は、そうは判断しなかった。そして当の上野も、そうは思っていなかった。

 上野は同期の中でピカイチの営業成績をひっさげて、下町の営業所からタクシー業界で言うところの「なか」の営業所に栄転することになる。千代田区内にあるその営業所は全国第1位の売り上げ高を誇り、霞ヶ関の官庁街を丸ごと抱えていた。そして上野は、某官庁の営業を一任されることになったのである。

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ところが…