■ずぶの素人から、卒業公演の主役に

 学校推薦で合格を果たしたものの、いきなり壁にぶち当たった。自分はずぶの素人。周りは高校演劇の経験者が多く、歴然とした差を感じた。

「忘れられないのは、入学直後の初めての一人芝居ですね。人前に立つのが恥ずかしかったし、完全な棒読みだったし、周りから馬鹿にされた感じで笑われました。ただ、自分がやりたいことを学びに来ているのに『恥ずかしい』と思ったことがさらに恥ずかしくて」。

 自分の意志はそんなに軽いのか、と自問した斉藤さんは、以降、さまざまな授業を貪欲に吸収していく。クラシックバレエやジャズダンス、ミュージカルやパントマイム、日本舞踊や即興芝居、殺陣(たて)やボイストレーニング。演劇理論の座学や舞台設営も通し、少しずつ腕を磨いていった。

 1年次の授業で「杜子春」をグループで演じた際、どういうわけかバク宙を決めて話題をさらった斉藤さんは、いつしかキャンパスの中心的存在となっていた。学園祭を統括する自治会長も務めるなど充実した短大生活を送ったのは、3カ月も給食を食べさせてもらえなかったり、毎日のように上履きを隠されたりと、壮絶ないじめに遭った少年時代の反動もあったという。

「楽しい時間を過ごしたい、という思いは強かったですね。友達と毎日会って、遅くまで残って芝居の稽古をして、一人暮らしの生活費を稼ぐために深夜のアルバイトもがんばって。あの2年間は人生で一番早かったんじゃないか、というぐらい充実していました。恋愛もたくさんしましたよ。2年間で3人と付き合いました」

 1年次に棒読みで失笑を買った初心者は、「自分の好きな道を選んだ」という思いで努力を重ね、卒業公演では主役の座を射止めた。スペインの劇作家フェデリコ・ガルシア・ロルカによる「血の婚礼」で花婿を熱演。短期集中型の自分には、2年間の短大がしっくりきたと感じている。

 短大卒業後、文学座附属演劇研究所に通った。一度、会社勤めを経験し、吉本総合芸能学院でお笑いを学んだ。力をつけるならしかるべき場所で、という思いが強い。何事もしっかりとした土台が大切だと話す。

「短大も大学も、体系的な学びで専門分野の基礎を固める場所ですよね。あまり興味がないことでも自分の土台になる可能性がありますから、何事にも前向きに取り組むといいと思います。ジャンポケの『ストレッチャーズ』、あのどこにも効かないエクササイズというネタの動きは、僕が短大でダンスの授業を受けていたおかげもあると思います。なんか、こう、体が勝手に動いちゃうんですよね」

 熱っぽく青春時代を振り返る斉藤さん、のちにテレビ番組の取材で短大時代の驚きの事実を知らされている。
「卒業公演で主役をやったのに、同級生は『とにかく演技が下手だった』って。恋人だったはずの一人には『付き合っていません』と言われました。ホント、参っちゃいますよね」(笑)
(文=菅野浩二)