コロナ以前から、そしてもうずっと前から、若い女性が妊娠し、家族に気づかれずに臨月を迎え、公衆トイレで出産し生まれた子を死なせ逮捕されるというような事件を私たちは目にしてきた。望まない妊娠をしてしまったときに、この国は女性だけにあまりに厳しい。ろくな性教育をしない国や、性差別を放置する社会の責任は問われずに、女性の身体と選択だけが罰せられる。そういう日常が、パンデミックによってより過酷に女性たちにのしかかっているのだと思う。

 さらに医療の現場も、女性には厳しい。望まない妊娠をしたときに、この国の中絶費用は10万~20万円台と、10代には払えないほど高い。さらにWHOは安全ではないと公式に発表している掻爬(そうは)という手術で行っている病院がいまだに多い。掻爬とは、金属製の器具で子宮から胎児を掻き出す方法だが、身体への負担が大きく、ほとんどの国で行われていない古い方法だというのに。

 もう10年以上前のことだけれど、なぜ日本は掻爬で手術するんですか?と産婦人科の先生に聞いたことがある。そのとき、その先生は間髪いれずにこう答えた。「日本の医師は、海外の人より器用だし、うまいから」。普段は女性の身体や選択を第一に考える先生の発言だっただけに、「医者の世界」というものの視野の狭さと傲慢さに言葉を失ったものだ。

 女性たちが性を、安心して、自由に、楽しめるために。そのために私は20代からずっと仕事をしてきたけれど、この国にいると女性が性を安心して自由に楽しめないための文化が、あらゆるところにはびこっているのを感じる。

 9月28日は国際セーフ・アボーション・デーだ。安全で安心な中絶は、女性たちの命のために必要なこと。だからこそ、日本の中絶のおかしさをもっと言語化して、変えていく必要があると思う。今年は、200人以上の個人や40近い団体が賛同して日本でも国際セーフ・アボーション・デーのイベントがオンラインで行われることになった。国連事務総長に言われるまでもなく、今は、女性たちに危機的な状況だ。危険運転をする車に強制的に乗せられ、ハンドルを握る権利もなく、シートベルトもなく、ただ闇を走り抜けている気分。こんな危険な国から、早く降りて、安心して歩きたい。

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

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北原みのり

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北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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