落球から始まる人生 守備の名手・屋鋪要のミスを救った二人の名将 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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落球から始まる人生 守備の名手・屋鋪要のミスを救った二人の名将

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澤宮優dot.
大洋ホエールズ時代の屋鋪要外野手。いまだ語り継がれる守備の名手だ(c)朝日新聞社

大洋ホエールズ時代の屋鋪要外野手。いまだ語り継がれる守備の名手だ(c)朝日新聞社

 新型コロナウイルスの感染拡大で、開催が心配されたプロ野球の公式戦もすでに後半戦に入った。セ・リーグでは読売ジャイアンツ(以下、巨人)が首位を走るが、こういうときに一つのエラーやサヨナラヒット、ファインプレーによって、チーム状況が一変するから、油断はできない。その最たるものは落球である。

 「世紀の落球」という言葉がある。試合の大事な局面で落球して、流れが一気に変わることを指す。そのため選手は世間から激しいバッシングに晒される。落球が試合以上に、当人の人生まで左右するから、単なるミスで終わらない怖さを秘めている。

 2008年の北京五輪では日本代表のG.G.佐藤(当時、西武ライオンズ)が、準決勝で左中間のフライを落球した。佐藤は翌日の3位決定戦でもショート後方に上がったフライを落球し、チームは逆転負けを喫した。日本代表は4位に終わり、帰国後、佐藤は激しいバッシングを受け苦しんだ。

 佐藤は、オリンピック後に大活躍し、08年シーズンに21本塁打、打点62、打率.302と結果を残した。チームの優勝に貢献したが、その活躍は語られず、「落球」だけが独り歩きすることとなった。

 ところが大きな落球をしながらも、その後、球史に残るスーパー・キャッチをして、落球の記憶をファンから消した稀有な守備の名手がいる。元巨人の屋鋪要外野手である。

 屋鋪は1978年に横浜大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)に入団し、俊足、巧打、好守の選手として、ゴールデングラブ賞5回、盗塁王3回を獲得した名選手だ。なかでも屋鋪の売りは守備である。コンクリートむき出しの当時の外野フェンスに激突も厭(いと)わずボールを追って飛び込んで捕球する。ところが93年オフ、「チームの若返りのため」という理由で35歳の彼は突然に横浜から解雇されてしまう。

■雨天の落球

 そんな屋鋪に声を掛けたのが、巨人の長嶋茂雄監督である。長嶋監督は言った。

「うちはみんな、スカートを履いて野球をやっているように見えないか。君の激しく燃えるものをみんなに植え付けてくれないか」

 ところが、与えられたポジションは守備固めであった。レギュラーになりたかったが、選手層の厚い巨人では仕方がなかった。プロとして生き残る道が守備だったのだ。

 しかし、アクシデントは94年シーズン開幕早々に起きた。4月12日、横浜スタジアムで古巣・横浜ベイスターズとの試合の9回裏のときである。8対8の同点だった。この日は最大瞬間風速 25メートルを記録する強風で、雨も酷く霧がかかっていた。このとき屋鋪は守備固めでセンターに入っていた。横浜は無死一塁で、打席には5番のR.ローズが入る。ローズの打球はショートの後方に飛んだ。屋鋪はこのときを回想する。

「どこに飛んだのかわかりませんでした。かすかに打球らしき影が見えて『ショートの後ろくらいに落ちるかな』と思ったのですが、ボールはほとんど見えていませんでした」

 前進して捕球しようとしたが、打球は風に乗って背後に落ちた。ちょうど万歳をする形になってしまい、屋鋪は足を滑らせて転倒した。この間に一塁走者が帰り、横浜はサヨナラ勝ちをした(記録は二塁打)。翌日の新聞は、<中堅手・屋鋪のまずい守備が致命傷だった>と書き屋鋪を戦犯扱いにした。このとき彼は記者に一切言い訳をしなかった。

 後にその理由を聞いた時、屋鋪は言った。

「言い訳しても仕方ないじゃないですか。だって結果は変わりませんから」

 試合が終わり、自宅に戻っても、屋鋪は悔しさで食事も取らずに部屋に閉じこもっていた。深夜だった。突然長嶋から電話が掛かって来た。彼はいつもの明るい声で言った。

「まだ気にしているんじゃないだろうな。屋鋪、あれは誰も捕れないよ」

 この一言で屋鋪は救われた。

「長嶋監督の一言が無かったら、あのプレーを引きずっていました。これで気持ちの切り替えができました。長嶋さんのために守備固めに徹しよう、僕は守備でチームに期待されているから、守備で最高のパフォーマンスをすると誓ったんです」

 守備練習も翌日から、さらに徹底してやるようになった。とくに彼が力を入れたのは「生きた打球」を捕る訓練である。打撃練習で外野の守備位置について、実際の打球を捕るようにした。ノッカーの打つボールは、素直で回転が無く、捕りやすい。しかし打者の打球はスピンもあれば、スライスもあり、癖がある。生きたボールを捕ることで実戦での勘が養われてゆくからだ。今が試合中だと念じて集中してボールを追う。生きた打球の角度や勢いでいち早くフライの落下点を判断することができた。

 試合でいい当たりの打球が左中間に飛ぶ。抜けたと思って、走者は二塁へ行こうとするが、そこに屋鋪がいて難なく捕球する。美技だが、派手なプレーに見せないのが彼の守備だった。そんなとき屋鋪は思った。

「誰しもが抜けたという当たりを、僕が簡単に捕ったとき、相手は驚き、悔しがる。守備の醍醐味ですね」

 この年、巨人が6月末には2位に10ゲーム以上の差をつけていたが、夏場に失速する。長嶋は、チームが停滞した8月12日の阪神戦で屋鋪を1番スタメンに抜擢した。士気の落ちたチームへのカンフル剤である。彼はレフト戦に抜ける二塁打を放つなど2安打し、チームは勝利した。その後、巨人は持ち直し、130試合目の最終試合で中日を下して優勝する。

 屋鋪は再び守備固めに戻ったが、毎日が左膝の痛みとの戦いだった。若手のころ、フェンスに激突し、痛めた膝が悪化したからだ。手術も受けたが完治せず、動かすだけで膝が痛むほどになっていた。膝関節の滑りをよくする薬を注射して、痛みを麻痺させて出場した。しかしその事実を首脳陣は知らない。知られたら自分は外されると思い、黙っていたのだ。

 屋鋪は満身創痍で守備のプロフェッショナルとして生きていた。

■球史に残る美技

 その年の日本シリーズは巨人対西武との戦いになったが、序盤の流れは西武に傾いていた。第1戦は清原和博の本塁打などで、11対0で西武が勝つ。第2戦も8回まで1対0と辛くも巨人がリードする状態である。9回に屋鋪はセンターの守備固めに入る。2番大塚が右中間へライナーを打つ。このとき彼はノーバウンドで捕ろうとしたが、弾いて二塁まで進ませてしまう。判断ミスで無死二塁と一打同点のピンチを迎えてしまった。マウンド上の槇原寛己は、二死まで奪ったが、5番打者の鈴木健にフォークボールを打たれ、打球は左中間に飛んだ。

 このとき屋鋪は何を考えていたのだろうか。

 「もう一回飛んで来い、難しい打球飛んで来い、絶対に捕ってやると思っていました。常に攻撃的でないといいプレーはできません。上手く捕ったら注目されますから」

 ところが屋鋪が打球に向かって、体がグラウンドと平行になるほど飛び込み、打球を掴みにゆく。ダイビングキャッチである。体は地面にもんどりうったが、ボールはグラブにきれいに収まった。高々とグラブをあげる屋舗に球場内は騒然とし、歓声が起こった。

 長嶋監督は「超美技。シリーズの流れを変えた」と報道陣に語った。この試合で西武に勝ったことで巨人は勢いにのり、日本一になった。

「直前の守備でミスをしましたが、それでも思い切って飛び込んだのは、『絶対に捕る』という本能ですね」

 屋鋪はゆっくりとそう語った。

 じつは屋舗の活躍を予感していた人物がいた。当時ヤクルトスワローズの監督だった野村克也である。4月12日に屋鋪が落球したとき、野村は選手とテレビ観戦をしていた。このとき野村は選手たちにこう語ったという。

「屋鋪は意志の強い一流の選手だから大丈夫だ。必ず素晴らしいプレーで取り返すだろう」

 野村は続けた。自分は「捲土重来」という言葉が好きだが、それはどんな人間でもできるものではない。一流の選手だけができることなのだと。そんな選手は、失敗すれば屈辱感も人一倍強い。だから失敗を糧に巻き返すことができるのだと。

 屋鋪は一流の選手だから、きっとそれができると野村は考えた。後日、その話を人づてに聞いた屋鋪は胸が熱くなった。

 屋鋪は引退後、巨人の外野守備コーチや神奈川大学硬式野球部のコーチも務めた。彼は選手がエラーしても怒らない。その原因を一緒に考える。しかしボールを懸命に追わず、早く諦める選手には強く怒った。全力で投げている投手に失礼だと思ったからだ。

 屋鋪は、いろんなケースの落球の事例を踏まえながら語る。

「誰もエラーをしたいわけじゃない。エラーしたら皆でカバーすればいいのです。僕が投手だったら、選手の落球を帳消しにするほど相手を抑えればいいと考えます」

 86年のワールド・シリーズで「世紀のエラー」と呼ばれるトンネルをした一塁手のビル・バックナーは、世間から激しいバッシングを受けたとき、こう語った。

「人生にエラーは付きものだ。大事なことはその後をどう生きるかだ」

 人は生きていく限り失敗は避けられない。そんな苦難の底で人はどう生きるか。落球した選手の人生はその尊い一例を示している。すべては落球から新しい人生が始まるのである。

●澤宮優(さわみや・ゆう)
2004年『巨人軍最強の捕手』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。著書に落球後の選手の人生模様を描いた『世紀の落球 「戦犯」と呼ばれた男たちのその後』(中公新書ラクレ)『バッティングピッチャー』(集英社文庫)、『イップス』(KADOKAWA)など多数。


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