旅行作家の下川裕治氏(しもかわ・ゆうじ)
旅行作家の下川裕治氏(しもかわ・ゆうじ)
暗いバンコクのソイ・ナナ。街で働いていたタイ人の多くは田舎に帰ったという(撮影・山内茂一)
暗いバンコクのソイ・ナナ。街で働いていたタイ人の多くは田舎に帰ったという(撮影・山内茂一)

「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第31回は、タイのバンコクの歓楽街の現状について。

【写真】火が消えた歓楽街ソイ・ナナ

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 運営しているYouTubeのチャンネルで、コロナ禍のアジアの街の動画を配信している。現地に住む知人が動画を送ってくれる。

 バンコクの知人が撮った動画を前に悩んでしまった。バンコク有数の歓楽街、ソイ・ナナの夜である。

 バンコクにはいくつかの夜の遊び場がある。ソイ・ナナというエリアは、欧米人やアラブ系の人々向け。大型のバーやマッサージ店、ケバブというアラブ料理の店などが並び、夜も眩しいほどだった。ラマダンというイスラム教徒の断食期間には、裕福なアラブ系の人々であふれかえっていた。バンコクに行けば、ラマダンを破っても……という彼らの拡大解釈をバンコクは平気で受け入れていた。

 コロナ禍で火が消えたようだという噂は聞いていたが、ここまで暗くなるとは……。シャッターをおろした店も多い。

 タイは新型コロナウイルスの感染を受けて3月26日に非常事態宣言を出した。それに先立つ3月18日、バーやパブなどを強制的に封鎖。その後、感染は収まり、非常事態宣言は継続しているものの、7月1日からは、ほぼすべての店が開店できることになった。

 しかしソイ・ナナの店の多くは閉まっている。よく見ると、店じまいしたところもある。諦めてしまったのだ。

 理由はふたつあるといわれる。ひとつは空港閉鎖。年間4000万人ともいわれる観光客が訪れるタイ。いまはほぼゼロの状態だ。外国人、とくに欧米やアラブ圏からの客に依存していたソイ・ナナの飲食店は厳しい。

 もうひとつは、見え隠れする軍事政権の思惑だ。コロナ禍に乗じて外国人向け歓楽街や風俗店を一掃しようとする噂がソイ・ナナで飲食店を経営するタイ人の間で広まっていた。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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