お互い愛情はある、でも、同居すると喧嘩が絶えないのだそうです。最初に別居したのは、いまから6年近く前、結婚して2年過ぎたころだったそうです。お二人はお子さんがおられなかったし、お二人とも自活できる経済力があったので、それほどもめることなく、とりあえずということで別居したそうです。

 別居といっても、昇さんがウィークリーマンションを借りて必要最低限のものを持って出て行ったものの、ウィークリーマンションでの生活があまりにやるせなく数週間で昇さんが折れる形で戻ってきました。まさにこれは、1カ月の冷却期間で元のさやに戻ったような感じです。

 しかし、その後二人は末永く仲良く暮らしました、とはならず、その数年後に2回目の別居をします。今度はゆかりさんが小さな部屋を借りて出ていきました。別居期間中もたまには一緒に食事をしたりする関係が2年弱続いたのですが、マンションの契約の更新を機に、また同居に戻ったそうです。

 ところが、そこからまた2年近くたった今、夫婦はやはりうまくいかず、登さんは今度こそカウンセリングを受けて根本的に問題を解決してやり直したい、ゆかりさんはまた別居しても結局繰り返すだけなのでもうやめたい、という話し合いがつかないということでご相談にお出でになりました。

 話をお聞きしていて、「ハリネズミのジレンマ」という話を思い出しました。ハリネズミの夫婦が身を寄せ合いたいのだけど近づきすぎるとお互いの針を相手に刺してしまって痛い、という話です。

 このご夫婦の場合も、近づくと針を刺し合ってしまい、痛いから別居し、別居してしばらくするとまた近づきたくなって近づく、ということを繰り返しているわけです。

 確かに別居してしばらくすると頭が冷えますから、冷却期間は離婚抑止に有効だということになります。少なくとも2回は冷却によって離婚を回避しています。

 何回かお出でになりましたが、結局このご夫婦は別れてしまいました。ゆかりさんは離婚後、早速に婚活をして新しい婚約者を見つけ、その方とのことでご相談にお出でになったので、離婚されたことがわかりました。

 ゆかりさんは、

「今、離婚すれば、ぎりぎり(他の男性とやり直すのも)間に合う。」
「子供は欲しいけど、この人の子を産むことが想像できない」

 とおっしゃっていたので、それが決め手だったようです。

 なんだかんだ言っても夫婦でいることが幸せだから夫婦でいたのでしょうし、一方どちらかの方が夫婦をやめると決断された場合(ご本人が「離婚する」と言っていることや、本人が離婚しかないと思いつめていることとは必ずしも同じではないことに注意が必要です)、実質的に夫婦を続けるのは困難なので、昇さん・ゆかりさんご夫婦が悪い事例だとは思いませんが、学ぶべきことがあるとすれば、

(1)同じことを繰り返していても、程度がエスカレートしてきているなら(このご夫婦は数週間の別居、2年弱の別居とエスカレートしています)、どこかのタイミングでいつもと違う転がり方をする(破局を迎える)可能性がある。

(2)「針を刺し合ってしまう」という根本的な問題を解決しないで同じことを繰り返しても問題は自然には解決しない。

 ということです。

 この2点をわかっているだけでも、状況の見方がかなり変わるはずです。

※事例は、実例をもとに再構成しています。(文・西澤寿樹)

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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