一方で、損傷後2~4週間の亜急性期の完全麻痺の患者を対象にしている臨床研究が、他人由来のiPS細胞を使った治療だ。これを進めているのも慶応義塾大学で、岡野栄之医師らが中心になっている。この研究のはじまりは、1998年にさかのぼる。岡野医師らが神経細胞(ニューロン)を新しくつくり続けうる「神経幹細胞」を世界で初めて見つけたのだ。その後も、脳梗塞で傷ついた脳であっても神経幹細胞から新しいニューロンが生まれることや、機能を回復させるためには大量の神経幹細胞が要ることなどを突き止めた。

「それまで中枢神経系は損傷したら二度と再生しないといわれていましたが、実は再生能力を引き出せるとわかったのです」(岡野医師)

 当初は胎児由来の神経幹細胞を使う計画だったが、06年にiPS細胞が作製されて以降はiPS細胞由来の神経幹細胞に切り替え、10年以上研究を続けてきた。

 iPS細胞由来であれば、大量に増やして用意できるうえに、凍結保存しておけば必要なときに解凍でき、移植までの時間もかからない。iPS細胞をつくるには3カ月かかり、それを神経幹細胞へと分化させるとさらに3カ月かかってしまう。岡野医師はiPS細胞を分化誘導し神経幹細胞に調整している。

 岡野医師に、対象が亜急性期の患者になっている理由を尋ねた。

「脊髄損傷は直後1~2週間の急性期には炎症でニューロンが生まれません。また、6カ月以降の慢性期になると、瘢痕組織というかさぶた状のものができ、これも神経の線維の再生を邪魔します。その間の亜急性期に神経幹細胞を移植するのが最適だと考えました」

■チェックが終わり次第移植が始まる見込み

 移植では、背中から皮膚を切開し、椎骨(背骨の一部)を切除してよけて、硬膜を切って脊髄の損傷部を露出し、中心部に直接注射する。見た目では少なくとも、そのなかには安全性が確認された量である約200万個の神経幹細胞が入っているという。移植するとニューロンがつくられ、失われた細胞の補充が期待できる。

次のページ
移植によるリスクはあるのか?