ウイルスは生物ではありませんが、存在し続けるためには、感染生物が生き続ける必要があります。例えばイボを形成するのは、そうすれば長く存在できるからそうなったにすぎないのです。人間の周りにはさまざまなウイルスが存在し、変異を続けていますが、ほとんどは発症しないか、あるいは軽症で済むウイルスばかりです。

 もし、肺炎を起こして感染生物が死んでしまうような重症化の変異が少しでも起きると、そのウイルスは軽症で済むウイルスに比べて存続しにくくなります。ウイルス同士の競争に負けてしまうのです。だからこそ、人間に重い病気をもたらすウイルスが人間の中で突然現れて広まることはほとんどないのです。

 そうした重大ウイルスは、他の動物、サルやブタ、コウモリや水鳥などからもたらされます。動物細胞の構造はどの種(しゅ)であっても基本同じなので、異種間でもウイルスが感染伝播できます。ところが、ウイルスがひき起こす症状が種によって違うのです。

 たとえば、コウモリには軽い症状しかもたらさないウイルスが人間に感染すると重症化することがあります。これは、コウモリなら軽症で済んでコウモリ内で広まっていたウイルスが、コウモリとは体の作りが違う人間に感染すると重症化する形にたまたま変異していたのです。ニュースなどで「凶暴なウイルスがコウモリから来た」と報道されるのは、こういったケースです。

 とかくウイルスは病気をひき起こす“悪者”とされますが、生物進化のうえでは重要な役割を担っています。先に述べた増殖しないウイルスは、ある生物の遺伝情報の一部を別の生物種の遺伝情報に組み込んでいることになり、生物の遺伝情報の変異が加速されるからです。なかには、ある生物種が身につけた機能の遺伝情報をウイルスが別な種へと運んで、飛躍的な進化をもたらすものもあると考えられています。

 たとえば、ハリネズミとハリモグラは互いにかなり異なる種に属する動物ですが、背中に似たような針があります。こうした共通構造を作る遺伝情報をウイルスが運んでいるのではないか、という仮説も立てられています。

 実際、人間の遺伝情報を克明に調べると、ウイルス由来の「つぎはぎの痕跡」が数多く検出されるのです。人間が地球上でこれほどまでに繁栄できたのは「ウイルスのお陰」なのかもしれません。

【今回の結論】ウイルスは重大な病気をもたらすこともあるが、意外に身近な存在。というのも、ウイルスが生物の進化に貢献してきた可能性があるから。

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石川幹人

石川幹人

石川幹人(いしかわ・まさと)/明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科卒。パナソニックで映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピュータ技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知情報論及び科学基礎論。2013年に国際生命情報科学会賞、15年に科学技術社会論学会実践賞などを受賞。「嵐のワクワク学校」などのイベント講師、『サイエンスZERO』(NHK)、『たけしのTVタックル』(テレビ朝日)ほか数多くのテレビやラジオ番組に出演。著書多数

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