あなたの声ってどんな音? そして、その声が歌う『うた』ってどんな音? それは何? 捉えるのが難しい大きなテーマを得て、河合さんは齋藤さんと共に歩みながらじっくり時間をかけて撮影を重ねていくことになる。河合さんはこれまでも、ミュージシャンやパフォーマーなど表現する人を追った映像作品を作ってきた。

 映画には齋藤さんのお母さんも登場する。我が子の生い立ちを語るが、生まれたときに耳が聞こえないことが分かった齋藤さんは相手の口の形から言葉を読み取り、その口の形をまねることで言葉を発する「口話」を学びながら一般の学校に通ったんだそう。すると、当然そこでは音楽の授業もある。「象さん」の歌の3拍子のリズムや発音をきちんと表現するよう無理やり叩き込まれたりして、音楽を嫌いにさせてしまったとお母さんは悔やむ。

 齋藤さん自身も「音楽の授業はなにもしないで座っているだけ。小学5,6年のときから先生も見放したみたいで、(うたの)テスト発表のときもしなくていいことになって、ずっと黙ってぼんやり座っているだけ。ぼくにとって音楽はただの振動でした」と映画中で河合さんに答えている。

 ところで映画中、齋藤さんと河合監督の対話が紙とペンで交わされる。今回も同様にして齋藤さんに話を聞いた。青いサインペンと黒いサインペンで交互に書く。インタビュールームにはペンの音とカメラのシャッターの音だけが響いていた。

■齋藤さんへのインタビューは筆談で

――子どもの頃から学校や日常で発音することは苦しかったですか?

「きれいに言えてるかな?ちゃんと聞き取れてるかな?ということばかり考えていて、話の内容を楽しむということがほぼなかったです。発音すること自体がどうも悲しいものでした」

――聞こえない自分の気持ちを表す、自分を表現することは大変でしたか?

「大変、までも辿りつけてなかったですね。何がわかっていて、何がわからないのかということもわからない中、ぼんやりヒマをすごしていたので……。自分のきもちとかみあう言葉がないと、自分の苦しみもわからないんだなーと思います」

 言葉がないと概念は生まれない。ぼんやりと生きていた少年時代を、映画の中では「うまく話せない、聞けない僕はダメだと思ってました」と齋藤さんが答えるシーンもある。十数年前まで日本の教育では、手話は禁止され、口話が基本とされていた。

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