松井秀喜は「大砲育成」の請負人? 指導を受けた選手は軒並み“才能開花” (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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松井秀喜は「大砲育成」の請負人? 指導を受けた選手は軒並み“才能開花”

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久保田龍雄dot.
臨時コーチとしても能力を発揮している松井秀喜氏 (c)朝日新聞社

臨時コーチとしても能力を発揮している松井秀喜氏 (c)朝日新聞社

 2月1日からプロ野球の春季キャンプがスタートした。この時期は、各チームの有名OBが臨時コーチとして腕を振るう姿もよく見られる。中でも松井秀喜氏は、過去4度にわたって臨時コーチ(巨人、DeNA)を務めているが、筒香嘉智(現レイズ)や岡本和真(巨人)が指導後にブレークしたことでも知られる。「松井コーチの指導を受けると、才能開花する」という声も高まる一方だ。

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 松井氏が初めて臨時コーチに就任したのは、2014年2月の巨人・宮崎キャンプだった。

 同年1月10日、長嶋茂雄・終身名誉監督とともに渡辺恒雄・読売巨人軍取締役会長(当時)、白石興二郎オーナーと懇談した際に、「2週間のキャンプでいろいろな助言をしてほしい」と要望され、快諾したもの。

「自分が若いころ、ちょっとしたことが(上達の)ヒントになった。短い時間だけど、後輩たちに何か伝えられたらうれしい」という松井氏は、2月1日のキャンプ初日から1軍、2軍を巡回して、同13日まで指導を行った。2軍では、ドラフト1位で入団後、前年まで自身の現役時代と同じ背番号55を着けていた6年目の大田泰示に「Aロッドの体の使い方を参考にしてみては」と助言。ティー打撃中、大田が身振り手振りを交えながら、「メジャーの打ち方は、こんな感じですか?」と尋ねると、「そうだね。でも(打ち方は)人それぞれだから」と答えるなど、熱心に指導した。

 巨人時代は層の厚い外野陣に食い込めなかった大田だが、日本ハム移籍1年目の17年に初めて規定打席に達し、15本塁打を記録するなど、一気に才能開花。成長したかつての教え子の姿に、松井氏は「彼の努力でしょう。それだけのことです。彼の才能は誰もがわかっていた。あとは彼の努力が実ったんじゃないでしょうか」とエールを贈っている。

 翌15年、松井氏は、今度はDeNAの臨時コーチに就任する。巨人の新人時代に打撃コーチを務めていた中畑清監督から熱心にラブコールを送られ、10回は断ったが、11回目の電話でついにOKしたという。「最後は“恩を返せ”と言われたけど、そんなにお世話になっていない。でも、奥様には若いころお世話になっていたので」と、中畑家の地下室で特訓を受けたあと、手料理でもてなしてくれた仁美夫人(12年12月に急逝)の恩に報いた形だ。


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