例えば、バカリズムは夢を追う若者たちへの応援歌として「俺らしくありのままで生きたいとカマされても」「君のらしさにそれほど引きがない」「誰も知らない道なき道を歩むよとイキられても」「そこは意外とメインストリートだよ」などと、自分らしさにこだわる若者を強烈に皮肉る歌を歌い上げた。

「腐り芸人」と呼ばれるハライチの岩井勇気は『逃さねぇからな』という歌を熱唱。その歌詞の中では、若手芸人の家賃を聞いて騒ぐモデルは芸人を見下している、アイドルを卒業して一丁前にアーティストを気取っている人はアイドル時代の客を連れているだけだ、などと自身の主張を展開した。

 今年大ブレークを果たしたEXITの2人は「元祖ラップ芸人」であるダイノジの大地洋輔のステージに乱入し、自分たちのこれまでの歩みをラップで巧みに歌い上げた。

 極めつけは大トリの劇団ひとりだ。『男はつらいよ』の寅さんに扮した彼は、自分が将来どういうふうになりたいかを歌った。「何の努力もせずに長生きしたい」「若手芸人に尊敬されたい」などと、芸人としてピークを過ぎた後の自分の理想像をリアルに思い描いてみせた。

 芸としてやっているとはいえ、彼らの歌の中にはもともとある程度の本心が込められている。なぜなら、本音には本音だけが持つ重みがあり、それが聞く人の心に刺さるからだ。特に、現代のテレビバラエティでは飾らない本音が求められる風潮がある。

 黎明期のテレビのバラエティ番組は、舞台の延長線上にある一種の「ショー」として認識されていたので、台本通りに演じるコントや芝居を見せることが多かった。だが、テレビが一般家庭に普及して身近なものになってからは、テレビタレントには視聴者が共感できるような親しみやすさが求められるようになり、決められたセリフよりも内面からにじみ出る本音のニーズが高まった。

「芸人マジ歌選手権」で披露されるパフォーマンスは、芸人、スタッフ、ミュージシャンの知恵と工夫の結晶であり、どちらかと言うと作品性の高いものだ。だが、その根底にあるのは、芸人自身の心の奥底からわき出る「本音」のエネルギーだ。私たちが「マジ歌」に心を動かされるのは、音楽と笑いの力を借りて、芸人たちの飾らない本音が「炸裂」する瞬間を見られるからなのだ。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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