難聴は高齢期においてもっとも頻度の高い障害のひとつです。70代では男女とも約半数、80歳以降では70~80%が軽度難聴になるため、全体の患者数が大変多いのが特徴です。そんな難聴が、実は認知症の大きな原因になっている――いま、この事実が複数の研究で明らかになっています。なぜ耳が遠いと認知機能が低下するのか? その理由は、耳という器官が脳と密接かつ複雑に結びついているということにあります。週刊朝日ムック『「よく聞こえない」ときの耳の本[2020年版]』からお届けします。
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超高齢社会の日本において、認知症は同じく患者数が多い病気として知られていますが、その原因のひとつが難聴であるということをご存じでしょうか。2017年のアルツハイマー病協会国際会議では、認知症や認知機能低下と聴覚障害との関係について、ランセット国際委員会から「認知症のうち約35%は糖尿病や高血圧、うつ、肥満、難聴などの予防可能なリスクに起因し、なかでも難聴はそのうちの9%を占める最大のリスク因子」という注目すべき報告がありました。
豊田浄水こころのクリニックの杉浦彩子医師によると、聞こえが悪くなってきた人は、まず大勢での会話や居酒屋などの騒がしい場所で聞きとりにくさを実感します。耳に入った音は電気信号となり、いくつもの神経を経由して脳の多くの部分を使って処理されますが、大勢での会話ではいくつもの音が同時に耳に入るので、そこから必要な音を聞き分けるために、脳ではより複雑な情報処理が必要になります。
「音としては聞こえるけれど言葉がよく聞き分けられないという場合、難聴と同時に認知機能の低下も進んでいて、脳で音を言葉として処理する能力が落ちている可能性があります」(杉浦医師)
難聴になって大勢での会話がしにくくなり、人とコミュニケーションがとりにくくなると、徐々にそうした場に出向かなくなり、人によっては閉じこもりぎみになってしまうといいます。それまで人づき合いがよく、おしゃべりが楽しみだったような人の場合、抑うつ状態になりやすくなります。難聴から外出がおっくうになり、家に閉じこもりぎみになって人との会話が減ってしまうと脳への刺激も少なくなり、脳の萎縮、抑うつ傾向に加え、認知機能が低下して認知症リスクが高まるなど、さまざまな悪影響があります。