彼は何者なんだろう?
あるときはヤクザのラッパー、またあるときは、四畳半暮らしの自意識過剰な大学生。伝説のヒーローも、思慮深い正義漢の少年も違和感なく演じ分け、作品の描き出す世界に寄り添う。実力と人気を兼ね備えた声優・浅沼晋太郎(43)。この1月には初の写真集を刊行するなど、ジャンルを飛び越えた活躍に今もっとも注目を集めている“男”である。ところが、当人は「爪痕を残すより、まぎれ込みたい」と言って笑みを浮かべる。
彼の正体は一体……?
声優・浅沼晋太郎の真髄に迫った3回連続のインタビューの第2回をお届けする。
第1回「30歳でデビュー。声優になりたいなんて思ってなかった」
* * *
■マルチな才能=親戚に1人はいるおじさん?
声優に脚本・演出家、コピーライターなど多彩な顔を持つ浅沼晋太郎(43)。そんなマルチプレイヤーである自分について、浅沼は、北野武監督の映画「菊次郎の夏」の中年男・菊次郎になぞらえる。
「いつもフラフラしていて 『あの人、仕事何してるの?』とか言われちゃう。でも、お年玉をくれるから子どもには人気があったりする(笑)。そういうおじさんって親戚の中にひとりは必ずいますよね? 僕、甥っ子がいるんですけど、彼にとって『菊次郎の夏』の菊次郎みたいな存在になりたかったんですよ。何やってても不思議じゃないようなおじさんに」
何足ものわらじを履きこなす今の生活は、とくに意識して進めてきたわけではないという。
「声優も舞台も、と活動の幅を広げるつもりは全くなかった。声優の仕事に関しては完全な“棚ぼた”です。幼い頃、地元の(岩手県)盛岡には民放が2局しかなかったというのもあってか、アニメをあまり見ない幼少期だったんです。単純に、それほど放映されてなかったから。ガンダム世代であるはずなのに1話も知らない。祖母が日本舞踊の家元で、僕も幼いころから習っていたので、人前に立つことには抵抗がなかったものの、特に演じたいという欲もない。おばあちゃんが喜ぶからやっていたけれど、本音では一刻も早く卒業したかった。
舞台もそう。大学を卒業するとき、先輩が立ち上げた劇団の座付き作家に誘われたのがきっかけで、自分からその道へ進もうと思ったわけじゃないんです。デザイン事務所に所属してコピーライターとして働きながら、舞台の脚本を書いたり、演出をしたり、特撮ヒーローがたくさん出る、大規模なアトラクションショーの脚本も書いたりしてました」
一方、自分からのめり込んだのは映画。幼いころから映画館に足を運び、お小遣いをやり繰りしてつぎ込んだ。
「盛岡には映画館通りというところがあって、いちばん多かったときには同じ通りに映画館が10館以上も並んでいたんです。当時はいろんな映画を2本立てで観ることができたんです。B級ホラーと日本映画とか、ファンタジーとアクションとか、めちゃくちゃな組み合わせで(笑)。限りあるお小遣いの中から選んで、大作を中心にいろんなジャンルの映画を観ていましたね。僕は映画館に行くと必ずパンフレットを買うという習慣があって。以前、これまでに集めたパンフレットを年代順に並べてみたら、いちばん古いものが『スーパーマン』でした。2歳のときに上映されていたはずなので、そのころから映画館で観ていたんだと思います。いちばん好きな作品ですか? それを話し出すと5時間も6時間もかかっちゃうので、その質問はなるべく受けないことにしています(笑)」
■なりたいものになれない焦り
役を演じる声優と、役者に演技指導をする演出家。どちらの立場も兼ね備えた浅沼は、どうやって意識を切り替えているのだろうか?
「浅沼さんは演出家でもあるから、声優をやってる時に俺だったらこうするのに、と思うことありませんかってよく聞かれるんですが、演じるときの僕は、頭の中のチャンネルが自然に切り替わってるんです。演出家からすれば使いやすい役者のほうが絶対にいい。役者として現場にいる以上は、その場では役者に徹しようと思っています。また同じように、脚本家をやっていると物語に対して何か思うところがあったりするんじゃないですかと言われたりもしますが、それもやっぱりないんです。“てにをは”が不自然なときや、このほうが伝わりやすいんじゃないかな、と思ったら提案ぐらいはしますけど、それは皆さんやることなので」
声優として活躍するにつれ、浅沼には「ぜいたくな悩み」が生じるようになった。
「僕は映画監督になりたかった。でも舞台のほうに行ってしまった。もし演じるのであれば、映画やドラマに出る俳優になりたかった。でもいまは声優。すごくぜいたくな悩みだとは思うんですけど、この年になって、まだなりたいものになれていないという焦りがいつも頭のどこかにある。これが25、26歳だったら違うんでしょうけど、やっぱり30歳から声優業をスタートして10年以上が経つと、はたして今からなれるだろうか?と常に不安があります。
自分の関わるコンテンツがヒットするのは、ありがたい話です。でも一方で、浅沼さんって脚本や演出“も”できるんですね、と言われることにちょっとだけジレンマを感じていて。すごく乱暴な例えをすると、僕がラーメン屋さんで、たまたま出した賄いカレーがそこそこ評判になって、浅沼さんってカレーだけじゃなくラーメンも作るんですねと言われている感覚。かといって、いまカレーを引っ込めたらラーメンを食べに来る人すらいなくなるかもしれない。でも、カレーだけのお店にするわけにもいかないんだよな、だってラーメン屋なんだもん、みたいな」
葛藤しながらも、誰かの求める声に向き合い、その期待に応え続けるのは簡単なことではない。
「期待されたなら全力で応えていきたいし、誰かに求められたのであれば、それ以上のサプライズをプレゼントできたらうれしいです」
浅沼にとって、すべての動機になるのが「サプライズ」だという。
「僕が書くのはほとんどがコメディー。ホラー作品は3本ぐらいしか作った経験がないけれど、コメディーもホラーも、どちらも根本にあるのはサプライズ。こうなると予想しているところへ違うところから意外なことをされるから笑っちゃうし、そうなるわけがないことが起こるから怖い。人にプレゼントするのも好きだし、演技をすること自体がサプライズと言えるかもしれない。めちゃくちゃ人見知りなんですけど、多分、人が好きなんですよね。だからこそコメディーを作ってるんだろうと思っています」
(取材・文/久住亜希)
※第3回【浅沼晋太郎が語る「10年後の自分、仕事、結婚」】はこちら
●浅沼晋太郎(あさぬま・しんたろう)/1976年、岩手県生まれ。多摩美術大学卒業後、脚本家・演出家・俳優・コピーライターとして活動。2006年『ZEGAPAIN-ゼーガペイン-』ソゴル・キョウ役をきっかけに声優として活動を始める。『あんさんぶるスターズ!』(月永レオ役)『A3!』(茅ヶ崎至役)など多数出演。音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク』碧棺左馬刻 役。1st写真集『POPCORN』が2020年1月10日、インディペンデントワークスより発売。