自民党でも立憲民主党でも公明党でもない、大阪維新の会の「1強」体制が続く大阪。その政治手法の実像に迫るため取材を続けていた朝日新聞大阪社会部が、『ポスト橋下の時代 大阪維新はなぜ強いのか』(朝日新聞出版)を出版した。維新の創設者、橋下徹氏が政界を去ったいまも、維新が底堅い地盤を維持し続けているのはなぜなのか。かつて政治家として全盛だった頃の橋下氏に「番記者」として密着し、その後も朝日新聞大阪社会部で大阪市役所キャップなどを務めた左古将規(現・広島総局次長)が、取材の一端を寄稿した。

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 その日、私は橋下氏が語っていた言葉を思い出していた。

 2019年4月6日午後7時、私は大阪・難波の高島屋前にいた。歩道には身動きできないほどの群衆があふれていた。

 大阪府知事選と大阪市長選の投票日が翌日に迫っていた。維新代表で大阪府知事の松井一郎氏が大阪市長選に、大阪市長の吉村洋文氏が知事選に、そろって任期途中で辞職して出馬した「クロスダブル選」。市長選も知事選も、対立候補は自民党と公明党府本部が推薦し、立憲民主党府連や国民民主党府連、共産党も独自に支援していた。

 維新関係者は、難波・高島屋前を「聖地」と位置づけている。橋下氏が大阪府知事から大阪市長選に転じ、府議から知事選に出た松井氏とともに「大阪ツートップ」を初めて独占した2011年のダブル選挙。大阪市を廃止・分割する「大阪都構想」が否決された2015年の住民投票。大きな選挙や住民投票のたびに、維新は最後の夜の最後の街頭演説に決まってこの場所を選んできた。

 この日、白い薄手のダウンコートに身を包んで選挙カーの上にのぼった吉村氏は、「橋下、松井、吉村の改革を続けさせてもらいたい。既得権を守ろうとしている古い政治に戻すのはやめましょう!」と主張。黄緑の蛍光色の上着を羽織った松井氏は「我々には組織がない。向こうは大組織。みなさんの力を広げてください」と訴えた。2人が声を張り上げる度、大きな拍手が湧いた。買い物途中とみられる人たちが、高島屋向かいのファッションビル「マルイ」のエントランス部分で、地下街へと続く階段の入り口で、足を止めて見入っていた。その数はどんどん増えていった。熱心に拍手する人ばかりではないが、こぞって興味深そうな視線を選挙カーの上に向けている。

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「今回の維新は伸びるかもしれない…」