テレビ業界における「ヤラセ」と「演出」の境界線とは? (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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テレビ業界における「ヤラセ」と「演出」の境界線とは?

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新山勝利dot.
ステーキの油のはねはスポイトで作る(※写真はイメージ/iStock)

ステーキの油のはねはスポイトで作る(※写真はイメージ/iStock)

 後をたたないテレビの「ヤラセ」問題。どこまでを演出として許容するのか、視聴者としては判断が難しいところだ。造り手側であるテレビ業界にとっての「ヤラセ」と「演出」の境界線は果たしてどこにあるのだろうか。飲食系プロモーションの現場に携わる筆者が、テレビで繁用されている「演出」と呼ばれる撮影手法について事例を紹介する。

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 冬になるとよく目にする、マグロなどの大物を釣り上げる定番番組。荒れ狂う風と幾層にもなるしぶきが舞う荒波のなか、漁師が乗った船がマグロに立ち向かう。そして、船長のこれまでの人生と重ね合わされる回想場面が番組途中には入る。何度も釣り上げに失敗しながらも、終盤にようやく針にひっかかったマグロと大健闘の末、苦労しながらも無事に引き上げるという、おなじみの内容だ。

 しかし相手はコントロールの利かない自然界だ。万が一に、撮影クルーがカメラを回し始め、その直後に見栄えするマグロの大型魚が獲れてしまった場合はどうするのか。番組制作者が「今回はラッキー」と思い、すぐに帰り支度をする訳ではない。そこから何度も、魚が針にかかる際に竿先やウキの上げ沈みといったアタリを感じる場面や、魚が一度は針にかかっても途中で逃がしてしまう、いわゆるバラシに合う場面を、釣れない場面として延々と長まわしで撮影していく。そして放送時には、実際に撮影した時系列を入れ替え、最後に大物が捕れた場面を持ってくることで、感動の流れを作り、番組を締めくくる。

 もしも正直に撮影した通りの時系列で放送していたら、視聴者の興味は番組冒頭で大物が釣れた瞬間に失われてしまうだろう。起承転結のストーリー展開でエンディングとならないと、視聴率は稼げない。これはボクシングの試合で、強い王者が試合開始早々に相手を簡単に倒してしまい、その後の中継時間を持て余すことと同様で、視聴者にはチャンネルを変えられてしまい、テレビ関係者はアタマを抱えることになるのだ。


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