彼らがそのまま本当にCDデビューしたら面白いんじゃないか、と石橋は勝手に盛り上がり、「野猿」というユニット名を自ら考案して、番組の企画としてデビューに向けて動き出した。

 当初の予定ではスタッフだけのユニットになるはずだったのだが、途中からとんねるずの2人もメンバーに加わることになった。CDのレーベルはavex trax、作詞は秋元康、作曲は後藤次利、振り付けはTRFのSAM。最強の布陣で手がけられた野猿のデビュー曲『Get Down』はオリコン初登場10位の大ヒットとなった。

 当時、野猿に飛びついたファンの多くは若い女性だった。その頃の芸能界では、今のEXILEのような大人の男性音楽ユニットが不在だったからだ。一般人であるメンバーが番組の中で純朴な素顔をさらし、とんねるずにイジられ、翻弄されながらも徐々にエンターテイナーとしての自覚を持ち始め、成長していく姿は、ファンの心をわしづかみにした。特に、とんねるずと共にボーカルを担当した平山と神波の人気はすさまじく、その抜群の歌唱力が野猿を支えていた。

 芸人が番組の企画でCDをリリースすることはこれまでにもあった。だが、ここまで戦略的に作り込まれ、長期にわたって人気を保っていたユニットはほかにない。企画そのものは悪ふざけとしてやっているのに、プロデュースの布陣は紛れもない本格志向。この絶妙なバランスが、お笑いファンと音楽ファンとアイドルファンを巻き込み、空前のムーブメントを巻き起こした。

 2001年に野猿は「撤収」という表現で解散することを発表した。撤収とは、テレビ番組の撮影が終わった後にスタッフが美術品や機材を片付けることを指す。裏方スタッフだった野猿のメンバーは、撤収によって表舞台を去り、元の生活に戻っていった。

 そもそもどんな伝説的なアイドルや歌手も、最初はただの素人である。素人がスターになっていくその過程こそが実は一番面白い。とんねるずは自分たちがその道をたどってスターになってしまっただけではなく、スタッフを巻き込んで歌手としても二度目のブレークを果たすことに成功した。

 野猿はとんねるずの「スタッフイジり芸」の集大成とも言えるものだった。すっかり熟した中年男性となったメンバー3人による新ユニットは、往年の野猿ファンを魅了して、三度目の「奇跡」を起こすことができるのだろうか。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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