突然回ってきた“大役” 甲子園で奮闘した「急造投手」の物語 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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突然回ってきた“大役” 甲子園で奮闘した「急造投手」の物語

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久保田龍雄dot.
試合後、ベンチを引き揚げる唐津工の骨折したエース・江里雅寛選手(左)と外野手で代役投手をつとめた中上大介選手 (c)朝日新聞社

試合後、ベンチを引き揚げる唐津工の骨折したエース・江里雅寛選手(左)と外野手で代役投手をつとめた中上大介選手 (c)朝日新聞社

 連日熱戦が行われている第101回全国高校野球選手権大会。今年もどんなドラマが生まれるか大いに楽しみだが、懐かしい高校野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「思い出甲子園 真夏の高校野球B級ニュース事件簿」(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、夏の選手権大会で起こった“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「急造投手奮闘す!編」だ。

*  *  * 

 エースが試合の6日前に負傷し、センターが代役先発する事態となったのが、1996年の唐津工だ。

 佐賀県大会で6試合すべてを一人で投げ抜き、チームを甲子園初出場に導いた絶対エース・江里雅寛が、8月4日の甲子園練習の際に右足首ひ骨を骨折してしまったのだ。当然、控え投手はいない。急きょ中学時代に投手だったセンター・中上大介が代役に指名された。

 そして、1回戦の三重海星戦、中里は江里のグラブを借りてマウンドに立った。帽子のツバには「自分を信じて投げろ。お前ならやれる。お前がやれ。全力で行けたら勝ち負けはいいから」という江里の激励の言葉が書き込まれてあった。

 1回は安打、四球と2つの暴投で1点を許したものの、2回は被安打1の無失点。3回も1番から始まる上位打線を3者凡退に切って取った。

 だが、急造投手の悲しさ、4回は変化球が決まらず、苦し紛れに投げた甘い直球を狙い打たれて2失点。5、7回にも1点ずつを奪われた。

 それでも8回113球を必死に投げ抜き、8安打4奪三振と代役としてはまずまずの内容。味方打線が4安打に抑えられ、0対5と完敗したものの、「江里のために一生懸命投げるだけでした。最高のピッチングができました」と笑顔を見せた。

 松葉杖をついてベンチ入りした江里も「気持ちの整理はつけていたけど、やっぱり投げたかった。泣きたくなったけど、みんなが一生懸命やってくれたのが嬉しかった」と急造投手とナインの健闘をたたえた。


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