ただ、今回の騒動がここまでくすぶっている理由の1つは、そんな吉本興業が大事な局面で芸人の心理をつかみきれなかった、というところにある。宮迫と田村は自分たちが反社会的勢力から金銭を受け取っていたことを認めた後、一刻も早く謝罪会見を行いたいと主張していた。だが、事務所側は事件の全貌を把握できていない段階でそのような動きをすることにはリスクがあると考えて、会見を開くことを認めなかった。

 世間ではあれこれ言われているが、これ自体は普通の芸能事務所としてはまっとうな対応だと思う。この時点では、宮迫は実際に芸人同士で金銭は受け取っていなかったことにすると口裏合わせをしていて、事務所に対しても一度は嘘の証言をしていたのだ。事務所側が「会見にはまだ早い」と慎重になるのは分からないでもない。

 ただ、「会見を開いて自分の言葉で本当のことを語りたい」という宮迫と田村の思いは、恐らく事務所側の想像以上に強いものだった。それは「思っていることを自分の口から全部話したい」という欲求に従って生きている芸人としての性のようなものだ。それをくみ取れなかったのは、単なる芸能事務所ではなく、芸人という特殊なタレントを扱うビジネスを長年続けてきたお笑い事務所として、万全の対応ではなかったと言えるのではないか。

 ここへ来て、吉本興業は闇営業問題などに対応するため経営アドバイザリー委員会を設置することや、原則として所属タレントとは契約書を交わすことなどを表明した。辛辣な事務所批判をしていた加藤も、明らかにトーンダウンしていて、ようやく事態は沈静化しつつある。

 一お笑いファンとしては、長年にわたり日本のお笑い文化を守ってきた事務所と芸人たちが、これからも健全な形でそれを続けていけることを心から願っている。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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