
音楽をスケートで表現するのが、フィギュアスケートだ。シーズンを通して好不調を左右することもあるプログラムの選曲には、スケーターの深い思いがこめられている。
平昌五輪女王アリーナ・ザギトワが、今季フリーの曲に選んだのは『カルメン』だった。カタリナ・ヴィットをはじめとする数々の名スケーターが演じた『カルメン』は、男性を翻弄する魔性の女を描くオペラの名曲。ザギトワのコーチたちは平昌五輪シーズンにも使用を検討していたものの、主人公を演じられるほど充分に成熟していないと判断したという。しかし今季満を持して採用すると、五輪を制した自信からか16歳らしからぬ風格を漂わせたザギトワは、彼女にしか滑れない『カルメン』を演じ切った。ルール変更もあり平昌五輪シーズンは後半に固めていたジャンプもバランスよく配置、技術だけでなくプログラム全体を作品として見せられる表現力をアピールした印象だ。シーズンの締めくくりとなる世界選手権でも見事な滑りを見せて優勝し、五輪後も進化し続けていることを示した。選手の成長に合わせたプログラムの曲選びが成功した例といえるだろう。
また、振付師のブノワ・リショーに任せているという坂本花織の選曲も、表現力の向上を促すものだった。平昌五輪シーズンのフリー『アメリ』は、個性的な女の子を描いた映画の曲を使ったプログラム。パントマイムを取り入れた斬新な振付が、当時はまだ少し硬い印象のあった坂本の動きとマッチしていた。熾烈な代表争いを勝ち抜いて平昌五輪にも出場し、曲を表現することに目覚めた坂本の背中を、さらに押したのが今季フリーの曲『The Piano』である。繊細なピアノの音が見違えるように柔らかくなった上半身の動きを際立たせ、持ち前のよく伸びるスケーティングが終盤の壮大な旋律とあいまって、観る者を引き込んでいく素晴らしいプログラムだった。坂本の長所と伸びしろを見極めたブノワ・リショーの戦略的な選曲は、演技構成点の伸びというかたちではっきりと結果をもたらした。