平成のスポーツ界を大いに盛り上げた辰吉丈一郎 (c)朝日新聞社
平成のスポーツ界を大いに盛り上げた辰吉丈一郎 (c)朝日新聞社

 まもなく平成の時代が終わり、令和の時代へと移り変わろうとしている。

 平成はバブル崩壊、消費税増税、企業のグローバル化など、日本の経済を取り巻く環境が変わり、社会が大きく変容した。また、阪神・淡路大震災、東日本大震災などの大規模な災害も起こり、暗いニュースも決して少なくなかった時代でもあった。

 そんな中、社会に明るい話題を提供してくれるアスリートたちが常にいた。災害時にはスポーツイベントなどが中止となり、「スポーツは無力」であるのと声も出るが、そんなことはない。国民に生きる力と勇気を与えるアスリートの力は絶大である。

 そこで、今回は平成の時代に国民を熱くさせた日本人男性アスリートを振り返ってみたいと思う。

■イチロー(野球)

 平成を象徴するアスリートといえば、この男がまず最初に挙がるだろう。オリックス時代に他の追随を許さない圧倒的な成績を残すと、2001年(平成13年)に、日本人野手として初めてメジャーリーグに挑戦。投手は野茂英雄が成功を収めていたが、野手は通用しないのではとの見方が特に米国では多かった。そんな評価の中、メジャーの大男たちの中で細身のイチローが躍動する姿は、多くの日本人を興奮させた。2004年(平成16年)にはメジャー歴代シーズン最多となる262安打を放ち、米国野球の歴史にも深く名を刻んだ。当時はイチローが何本ヒットを打ったかを確認することを、日課としていた人も少なくないだろう。

 また、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日の丸を背負い、チームを2連覇に導く原動力に。試合中は常にクールな印象だったが、WBCでは普段見せないような熱い気持ちを全面に出し、ファンを驚かせた。第2回大会での決勝(韓国戦)で放った延長10回の勝ち越しタイムリーは、日本スポーツ史上に残る名場面だ。そして、数々の偉業を達成したイチローは、平成最後の年となった今年3月に母国日本で現役生活にピリオドを打った。試合後の引退会見で「日本の方というのは表現することが苦手というか、そんな印象があったんですけど、それが完全に覆りましたね。内側に持っている熱い思いが確実にそこにある」と語っていたが、その静かな日本人の熱い思いを引き出したのは、まぎれもなくイチロー自身だった。

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サッカーとボクシング界のカリスマ2人