新日本・オカダがNYで雪辱戦 英語パフォーマンスを約束 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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新日本・オカダがNYで雪辱戦 英語パフォーマンスを約束

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山本 航dot.#朝日新聞社の本
オカダ・カズチカ/新日本プロレス所属のプロレスラー。1987 年生まれ、愛知県出身。2012 年2 月、IWGP ヘビー級王座を史上2 番目の若さ(当時24 歳)で戴冠。端正な顔立ち、存在感あふれる戦いは女性層の心をつかみ、「プロレス女子(プ女子)」ブームの火つけ役の一人となった(撮影/大野洋介)

オカダ・カズチカ/新日本プロレス所属のプロレスラー。1987 年生まれ、愛知県出身。2012 年2 月、IWGP ヘビー級王座を史上2 番目の若さ(当時24 歳)で戴冠。端正な顔立ち、存在感あふれる戦いは女性層の心をつかみ、「プロレス女子(プ女子)」ブームの火つけ役の一人となった(撮影/大野洋介)

「僕の語学学習法は会話が基本です」

 そう話すのは「レインメーカー(カネの雨を降らせる)」の愛称で知られるオカダ・カズチカ選手だ。15歳の時、テレビでみたプロレス団体「闘龍門」に憧れ、両親の反対を押し切り入門した。その後、単身メキシコへ武者修行に。3 年半後に帰国し、新日本プロレスに移籍した。2010 年には米国に渡り、現地のプロレス団体・TNA でも2 年間修行した。こうした海外生活の中で何よりも身になった語学学習法が「会話」だったという。

「言葉に不自由する環境だからこそ人との会話に飢えていたんでしょうね。当時は、スペイン語も英語も上手に話せなかったのですが、寂しかったので積極的に話しかけました」

 TNA には日本のプロレスを経験した外国人選手も多い。特に親しかったのはアレックス・シェリー選手。自宅に泊まって、一緒に食事やゲームをして過ごすほど仲良くなった。

「現地の人と仲良くなると語学も伸びる。そうすることで海外での生活も楽しくなっていきました」

 友人との会話の中から学んだジョークは、いまでも新日本プロレスに参戦する外国人選手との会話で使っている。

「例えば、『What’s up?』と声をかけられたら『The sky(is up).』と返すんです。『調子はどう?』と問いかけられているんですが、そのまま『上にあるのはなんだ?』と直訳して、『空』と返す。海外では使い古されたジョークですが、距離が一気に縮まります」

 外国人との会話以外にも、座学はもちろん、英語の歌詞の和訳をしたり、洋画のセリフを日本語字幕でチェックしたりして、英語力を磨いた。それでも、「いちばん効果があった学習法は会話」と言い切る。

「look、see、watch の使い分けや、probably、possibly、maybe の確率など、会話の中でしか学べない『生の英語』がたくさんあります」

 会話中に心がけていることは、わからない単語があっても質問をしないこと。流れを断ち切らないためだ。

「多用する英語は、同意を示す『Yeah, yeah, yeah!』です。沈黙すると『英語がわからないんだな』と思われて、話しかけてくれなくなる。わからなくてもヤーヤーと言っておけば会話は続く。ノリが大事なんです」


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