65歳白血病と26歳精巣腫瘍 二人のサバイバーが語ったがんになってわかったこと (2/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

65歳白血病と26歳精巣腫瘍 二人のサバイバーが語ったがんになってわかったこと

dot.#がん#病気
自分の努力ではどうにもならないことがあることを知った上野創さん(撮影/片山菜緖子)

自分の努力ではどうにもならないことがあることを知った上野創さん(撮影/片山菜緖子)

仕事人間だった粕谷卓志さんは、改めて家族の大切さを感じたという(撮影/片山菜緖子)

仕事人間だった粕谷卓志さんは、改めて家族の大切さを感じたという(撮影/片山菜緖子)

 副作用は想像していたよりも軽かったですが、手指のしびれは、今も強く残っています。

上野:ポジティブ思考に切り替える「コツ」みたいなものはありましたか?

粕谷:日記をつけていたんですが、最後に必ず「絶対に負けない がんばる!」と書き添えていました。毎日続けているうちに、書かないと悪いことが起こるような気がしてね。逆に書いていれば大丈夫な気がしてきました。おまじないみたいなものですよね。

上野:私は副作用がすごくつらかったですね。精巣腫瘍の場合、持病のない若い患者には抗がん剤をしっかり投与して、徹底的にがんを叩く。だから、吐き気などの副作用も強く出るわけです。副作用も大変でしたが、全体を通してきつかったのは出口が見えなかったこと。そしてもう一つはうつになったことです。それまではそれなりにポジティブに考えられていたのに、理屈がつかないまま希死念慮に囚われるようになって、「死んでもいいからこんな治療全部やめたい」と考えはじめた。2週間くらいで抜け出せたので軽いほうだったのでしょうが、自分ではコントロールが効かないメンタルが壊れていく怖さを味わいました。うつってこんなにしんどいものなんだと。がんよりもうつのほうが怖いと思ったくらい、強烈な経験でした。

粕谷:そんなつらい毎日の中で、一番の支えになったのは?

上野:妻が、告知当時はまだ彼女だったんですが、私ががんだとわかってから病室に来て「結婚しよう」と言ってくれたんです。ありがたかったし、「こんな状況でも一緒に生きていく人ができたんだから、なおさらがんばらなければいけない」と思えました。何のためにこのつらい治療を受けるのか、しんどい思いをしてまで元気になりたいのか、自分に問う時期があったんですが、「家族と日常を生きる時間が欲しいから」というのが答えの一つだったんじゃないかな。育ててくれた親に対しても、何の恩返しもしないで死んでしまうのは申し訳ないと思いました。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい