秦はサンフランシスコから太平洋を横断して帰国する際、「収穫皆無に対する痛恨と絶望から船中で自殺を考えたこともあった」(『帝人の歩み(1)』)という。

 結局は秦や久村の努力で独自技術を開発し、レーヨンの生産にたどり着く。その後、日本には東洋レーヨン(現東レ)など競争力を持った繊維産業が育っていった。

 今、製造業では新しい技術のうねりが押し寄せている。AI(人工知能)や新素材、生命科学などでグローバルな開発競争が繰り広げられ、欧米ばかりか中国やイスラエルなどで新しいプレーヤーが誕生している。そんな中で日本企業の影は薄れがちだ。

 帝人が創業100周年を機に、創業の地でイベントを開催したのは、「努力と挑戦の継続を貴ぶ米沢の地で、日本の独自開発でレーヨンを製造した創業者らに思いを巡らすことは、イノベーションを生み出そうとする今にも通じるものがある」(鈴木純帝人社長)からだ。帝人の100周年事業から見えてくるのは、自らの原点を見据え、そこから自分たちでできることをまずやり遂げる、という極めて真っ当な考え方である。

 最近の産業界の流行りは「オープン・イノベーション」である。自前主義を捨てて、社外の様々な知恵を活用し、イノベーションを生み出そうとする動きである。そうした考え方は必要だろうし、先行きが見えない時代に自社の知恵だけでは戦えないのは当然だろう。

 だが気になるデータがある。

 文部科学省の科学技術・学術政策研究所がまとめた「科学技術指標2018」のデータである。それによると、日本の科学論文のうち41.5%が米国の特許に貢献しているのに、日本の特許に貢献している日本の科学論文は25.2%に過ぎない。日本の研究論文で特許に結び付くものがあるのに、日本企業は気づかず、米国企業に使われているケースが多いということだ。一方、日本の特許のうち44.1%は米国の科学論文をもとに取得されている。日本の特許で日本の論文をもとに取得されたのは27.3%に過ぎない。

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グルーバル競争の時代、大切なことは…