これらは安倍さんの熱烈な支持層の価値観にはむしろ反しているが、有権者全体の意向に配慮して、自身のこだわりの価値観や政治信条を貫徹することは止めている。移民政策は採らないと言いながら外国人労働者を研修生名目でどんどん受け入れたり、農家を守ると言いながら農家をある程度犠牲にしてTPP(環太平洋パートナーシップ)などの自由貿易を推進するなど、自民党の支持者を騙しながらでも現実の課題に対応し、有権者全体の利益をはかっている。

 また経済界に労働者の賃上げを要請したり、同一労働同一賃金や残業規制を導入したり、幼児教育や高等教育を無償化したりする政策は、旧民主党・旧民進党時代から野党が主張していたこと。これによって野党の支持層まで取り込もうとしている。

 こうした安倍さんのマーケティングに基づく政治、態度振る舞いによって、森友・加計学園問題や、財務省の前代未聞の公文書改ざんや国会での虚偽答弁、財務省事務次官のセクハラスキャンダルや文部科学省幹部の収賄汚職という、本来であれば内閣が倒れてもおかしくない問題が次から次に生じても、今なお41%(2018年8月、NHK)という安定した支持率があるのだろう。

 旧来の自民党は「見える票」を獲得する政治、つまり業界団体や固定の自民党支持層に目を向けた政治をしていた。ところが安倍政権の強さは、いわゆる無党派層や野党の支持層にまで目を向けた政治をやっている点だ。

 2007年に第一次安倍政権がわずか1年で終わったあと、安倍さんは「見える票というのはしょせんこんな程度の力しかないのか」と感じたと思う。政治家をずっとやっていると、周囲にいる支援者が日本全体の状況だと錯覚してしまう。特に国会議員は、日本全体と比較すれば小さな小さな地元の選挙区で、国民全体からみればほんの少しの人々の支持を得れば選挙で当選し、そのような支援者に囲まれて一生を過ごす。ゆえにおのずと、支援者ら一部の有権者にしか目がいかないようになり、彼ら彼女らの意向こそが国民全体の意向だと錯覚するようになる。

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時すでに遅しというパターンも…