「フリードリヒ2世は、『王座上の最初の近代人』と呼ばれる人。周囲がまだ中世のキリスト教的考えにガチガチにとらわれていた時代に、9カ国語しゃべって、当時世界で最先端だったイスラム文化を学んで、多文化主義の宮廷をつくり上げた。彼がイタリアのプーリア州に残したカステル・デルモンテのような不思議な建造物を見ると、感性のスケールの大きさがうかがえます。それに、鷹狩りが得意だったというのもカッコイイ。若いのに禿げていたそうですが、そんなことに気をとられていなかったであろうところも素敵です」

 そのフリードリヒ2世が治めたシチリア島は、地中海のほぼ中央にあり、文明・貿易の交差点となって豊かな文化を古来育んできた。

「私が一番好きな画家、アントネッロ・ダ・メッシーナもシチリア生まれです。彼の『受胎告知のマリア』を初めて見たとき、まるで仏教美術のような哲学性をたたえているのに驚きました。彼が活躍しただいぶ後に生まれたダ・ヴィンチのモナリザ、その他神秘的印象の絵画をみていると『アントネッロから影響をうけたんじゃないかな』と想像するのは私だけではないようです。日本では有名な画家の展覧会ばかり開催されていますが、『歴史上大きなものを残した陰のヒーロー』にスポットをあてたイベントも、もっと企画してほしいと思います」。

 フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだ専門家ならではの言である。

 インタビュー中、ヤマザキさんが「実際はどうだったんでしょうね」と、思考をめぐらせた対象はマリ=アントワネット。

「彼女は素直で、審美眼もある人。その豊かな感性は、磨き方次第で様々な方面に生かせたんじゃないかと思ってしまうんです」

 若い頃は、食うや食わずの貧乏暮らしをしながら絵の勉強や読書に打ち込んだというヤマザキさん。シングルマザーとなって帰国した後は、イタリア語の講師などをして働き、やがて画力と歴史の知識をいかして『テルマエ・ロマエ』で花ひらいた。

「いざというとき人間にとって強みになるのはやはり教養とたくさんの経験です。もし私がマリ=アントワネットと友達だったら、髪の毛をめいっぱい盛り上げるのもいいけど、身を助けることになるであろう、読書や旅をすすめていたんですけどね(笑)」

 マリ=アントワネットへのアドバイスは、ヤマザキさんの生きた経験に裏打ちされた説得力がにじんでいた。(ライター・砂崎良)

ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)
1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。'97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)、『スティーブ・ジョブズ』(講談社)、『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。2018年春より新連載、古代ギリシャと日本のオリンピック比較文化論漫画『オリンピア・キュクロス」がスタート!