10代から40代までの様々な恋愛の悩み、相談があったが、僕が驚いたのは、その中で一番多かった質問が「好きな異性が見つかりません」という悩みだったことだ。

 そういえば数年前、「私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな」というドラマで「好きの意味が分からない」女性を主人公にした脚本を書いたな、などと思いながら、「そんなに焦らなくても、好きな異性が現れるまで、待っていればいい。自然に現れると思いますよ」という、毒にも薬にもならない不甲斐ない回答をした。やっぱり恋愛相談は難しい。

「人を好きになる」という感情は、案外あやふやで、心もとないものかもしれない。気付いたら好きになってたり気付いたら好きじゃなくなってたり、好きになりたいと思って好きになれなかったり好きになりたくないと思って好きになっちゃったり。

 でも、その人の「ここが好き」という、「部分好き」はわりと手触りが確かな気がする。

 どうせその人のことをいきなり丸ごと全部知るのは難しいから、まずはこの「ピンポイント好き」から気楽に始めるのも一手ではないだろうか。「彼の耳が好き。彼のことはよく分からないけど、とにかく彼の耳は好き。耳だけ大好き」みたいなところから始まる恋もあるのではないか。

 待て。おい待て。自分で書いといてなんだが、待て。この文脈だと俺の妻が本格的に俺よりも俺の耳が好きみたいじゃないか。耳だけが好きみたいじゃないか。何が「ピンポイント好き」だ。やだ。やっぱりやだ。妻には俺の耳が好きでもいいけど、やっぱり俺を丸ごと全部好きになってほしい。

 中年のオッサンがかなり気持ち悪いことを書いてる自覚はあるが、俺よりも俺の耳と結婚したと即答する妻に耳を掘らせながら、「まぁいっか」と思えるのは、一緒に過ごした年月の長さがそうさせるのかもしれない。

「好きな異性が見つからない」という方々。24年連れ添ってる配偶者から「君の耳と結婚した」と言われちゃってる中年男性がここにいますよ。あやふやで骨が折れる恋愛のプロローグとして、手触り確かな「ピンポイント好き」から始めるのも一興かもよ。一切、責任は持てんが。(文/佐藤二朗)

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佐藤二朗

佐藤二朗

佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家、映画監督。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や映画「幼獣マメシバ」シリーズの芝二郎役など個性的な役で人気を集める。著書にツイッターの投稿をまとめた『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)などがある。96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がけ、原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)がBD&DVD発売中。また、主演映画「さがす」が公開中。

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