下川裕治(しもかわ・ゆうじ)1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)
いまの成田空港の出国審査ブースの免税店フロア側。一応、「進入禁止」の表示がある
いまの成田空港の出国審査ブースの免税店フロア側。一応、「進入禁止」の表示がある

 さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第50回は成田空港から。

【写真】成田空港の出国審査ブースの免税店フロア側はこうなっている

*  *  *

 利用することがいちばん多い空港といったら、成田国際空港である。多いときで月に3回ほど出入国を繰り返す。

 一時期、毎日のようにこの空港に通っていたことがある。

 日本国内にタイ人の不法滞在者が多い時期だった。彼らの拠点が茨城県の荒川沖駅の周辺にあり、当時はリトルバンコクと呼ばれていた。

 そこで不思議なタイ女性のパスポートを見せられた。タイを出国したスタンプはあるが、日本に入国した印がなかった。しかし本人は日本にいた。密入国だった。

 その手口はこうだ。

 利用したのは、いまはデルタ航空に統合されたノースウエスト航空だった。手にしていたのは、バンコク発成田国際空港乗り換えのサイパン行きだった。サイパンはアメリカの自治領である北マリアナ諸島にある。タイ人はアメリカのビザがなくても訪ねることができた。

 成田国際空港に到着したタイ人女性は、免税店が並ぶフロアに入ることができる。そしてこのフロアは、出国審査を受けた人たちが出るくるフロアでもあった。成田空港が特別の構造になっていたわけではない。世界の多くの空港がこうなっている。

 当時の成田国際空港は、出国審査ブースに並ぶ列を、免税店フロア側から見ることができた。出国審査ブースの列に、日本にいるタイ人マフィアのメンバーが並んだ。そしてその彼が免税店側にいるタイ人女性に合図を送る。審査官がパスポートに視線を落とす瞬間を狙ってだ。

 タイ人女性は、その合図に従って、身をかがめ、出国審査ブースの側に入ってしまう。こうして密かに日本に入国してしまうのだった。逆流と呼ばれる密入国だった。

 僕は週刊誌の記者だった。この現場を写真に収めるために、カメラマンとともに成田空港通いを続けた。

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下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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