斉藤章佳先生
斉藤章佳先生
斉藤先生に語りかけるにのみやさおりさん
斉藤先生に語りかけるにのみやさおりさん

 世界から色が消えた――。写真家のにのみやさをりさんは、被害後をそうふり返る。信頼していた職場の上司から性暴力を受けた。一度ならず、何度も。それでも仕事はつづけていたが、ある日、気がついた。信号の色がわからない、すれ違う人々の顔がわからない。にのみやさんの目に映る世界は、モノクロームになった。いまから20年以上前のことになる。

 にのみやさんは2017年、被害によって自身にもたらされたさまざまな症状、影響を語る試みをはじめた。聞くのは、性犯罪加害者たち。正確にいうと、性犯罪を二度とくり返さないため再犯防止プログラムに取り組む加害者たち、だ。

 これまでに1200人以上の性犯罪加害者に同プログラムを実施してきた大森榎本クリニック(東京都大田区)での試みである。にのみやさんが同クリニックの精神保健福祉部長・斉藤章佳さん(社会福祉士、精神保健福祉士)に提案し、この国内初といえる試みがスタートした。斉藤さんは性犯罪加害者の治療における先駆者で、今年8月には『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を著している。

 性暴力、性犯罪の被害者にとって加害者とは、自分に加害した当人でなくとも、一切関わりたくない存在である。自身やほかの被害者の心身を傷つけ、尊厳を踏みにじり、その後の人生を大きく変えてしまった人物について、見聞きするだけでも恐怖に見舞われる。存在自体が許せない。第三者が被害者に対して、加害者への理解をうながすのも本来あってはならないことである。

 けれど、にのみやさんは信念を持ってこの試みに参加している。

 本記事では、にのみやさんと斉藤さんとの対談をとおして性暴力、性犯罪における被害と加害の実態、およびそれを取り巻く問題を明らかにしていく。

斉藤章佳さん(以下、斉藤)「性暴力、性犯罪は魂の殺人である、という言葉自体はだいぶ知られるようになってきました。一度そのような罪を犯した人が加害行為を二度とくり返さないためにはいろいろなことを学びなおす必要があり、『被害者にとって加害者はどんな人間なのか』を知ることもそこに含まれます。自身の加害行為が他者にどんな影響を与えたのか、つまり被害の実態を彼らはほとんど知らないのです」

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