思い当たるのは、名人戦が始まってから、対ソフトの研究量をあえて少し減らしたことです。

 もちろん、電王戦第2局に対するモチベーションが下がったわけでも、あきらめたわけでもありません。

 純粋に、それがそのときの自分に必要なやり方だと思ったのです。

 将棋の勉強をしている時間の中で、あまりに対ソフトの研究の割合が高すぎる。

 もう少し従来から続けていた勉強法をやったほうが、本来のバランスを取り戻すことにつながるのではないか。

 そうやって自分の感覚の状態を良くしていくことが、対人間の戦いである名人戦はもちろん、対ソフト戦である電王戦において勝つ可能性も高めるのではないか。そのように私は考えたのです。

 結果として、少しずつ調子は上向いていきました。

 不思議なことに、将棋ソフトと少し距離を置いたのにもかかわらず、私の将棋は多くの人に「ソフトの感覚を取り入れて新しくなった」と言われるようになりました。自分でもこれまで空回りしていた将棋が、やっと地に足がついた気がしたのです。

 きっとそれは、感覚の流入をあえてストップさせ、自分が構築してきた世界を見つめ直すことで、自分の本来の将棋とソフトの斬新な棋風がうまい具合に混ざり合い、自然と自らの感覚の中に取り込むことができたからだと思っています。

 拙著『理想を現実にする力』でも書きましたが、以前、不調期にもかかわらず、目先の対局には役に立ちづらい“古きに学ぶ”ともいえる長期的な勉強を続けていたことがありました。その結果、観戦記者の方に「勉強法の賭けに出た(結果強くなった)」と指摘されたことがあります。

 もともと自分は、将棋でもライフスタイルでもクラシカルなものを好むタイプです。しかしながら、電王戦という機会をいただき、最先端のソフトと接することで自分なりの新しい将棋を見つけることができた。

 名人戦、電王戦が同時並行という状況は、精神的・スケジュール的にも味わったことのない大変なものでした。

 ただ、試練が大きな分だけ、結果として得たものも非常に大きかった。私の棋士人生の中で本当に貴重な日々だったと思っています。