報道では、自分の責任を全く認めず、全て陸自に押し付けようとした稲田氏への陸自の怒りが爆発したという解説がなされている。それは、その通りだと思うが、今回の事件の結末は、それで終わりというわけにはいかないだろう。

 なぜなら、稲田氏が自らの関与を認めれば、陸自幹部の処分は相当程度軽くなった可能性が高いからだ。特に大臣の指示があったとなれば、陸幕長辞任までは行かずに済んだ可能性もある。

 しかし、今回の特別監察の報告の内容では、稲田氏の責任は監督責任程度のものに過ぎない。一方の陸自は、大量の処分者を出し、しかも、悪人の集まりというイメージを世間に植え付けてしまった。これでは、退職した後の天下りも容易ではない。通常は、何か問題があって処分を受けても、退職後の生活は何とか面倒を見てもらえるということが多い。しかし、稲田大臣にそれを期待することは全く無理だということがわかった。陸自幹部に、「あの取引は何だったのだろう」という思いが残る。

 さらに陸上自衛隊という組織にとっても今回の結末は大きな打撃を与えた。

 自衛隊は国民の信頼を失うことを一番恐れる。さらに、安倍総理が自衛隊を明記する憲法改正を行う上で、自衛隊のイメージ悪化は重大な障害になりかねない。そうなれば、安倍政権は、しばらく陸自を前に出すことは避けたいと考えるのではないか。それどころか、当面は陸自に厳しく当たる可能性がある。そんな不安も拡大するだろう。

 前述した次の統合幕僚長人事で、陸自が順番を飛ばされるのは確実だが、さらに、世論の風向き次第では、次の次の統幕長人事でも飛ばされるかもしれない。そんなことになれば、陸自隊員の士気も大きく下がることは必至だ。そんな事態は陸自としては何としても避けたい。

 以上、主に今回最も大きな被害を出した陸自を中心に解説したが、防衛省内局でも若干文脈は異なるものの、同様に人事をめぐる思惑が今回の事件に大きな影響を与えたことは確実だ。

 そして、森友学園問題では財務省の人事、加計学園問題でも、文科省はもちろん、官邸の経済産業省関係者の人事が、事の成り行きに大きな影響を与えていることも指摘しておきたい。(そのあたりは、別の機会に解説したい)。冒頭に述べた通り、官僚にとって、国民生活より、国家の安全より、何よりも大事なのが「人事」なのである。(文/古賀茂明

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古賀茂明

古賀茂明

古賀茂明(こが・しげあき)/古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『分断と凋落の日本』(日刊現代)など

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