<ピンチをチャンスに変えられる遅刻>

 一般社会ではあり得ないが、芸人の世界では遅刻しても、その理由で笑いを取ると許される風潮がある。

 吉本新喜劇の話をすれば、全体でやる台本読みに遅れてきた某芸人さんが、遅刻の理由を聞かれ、頑なに「言えません」と拒み続けけた結果、笑いが起こり、「もうええわ」と座長に許されることもあった。

 一般社会なら、遅刻した上に、理由も言わないなんてあり得ないが、芸人ではその場の空気次第では、笑いになり立場が一転することも珍しくない。
 
ただ、注意したいのはこの理由で下手に滑ってしまうと、しばらくは口をきいてもらえないこともあるので、ある意味バクチみたいなものである。

 テレビ局なら、楽屋の準備はスタッフがやるかもしれないが、吉本新喜劇では後輩芸人が担当する。そのため、一番下の若手芸人は新喜劇が開演する1時間前位には楽屋入りする。
 余談ではあるが、ほんこんさんの新喜劇は開演の1時間30分前には楽屋入りするらしい。
 
 楽屋入りすると、まず机や鏡を拭きごみ箱の中を空にする。冬には加湿器のタンクに水を入れたりもする。そして、イスの下にはスリッパもおいて置く。

 この位は、大した事ではないかもしれないが、先輩によっては楽屋入りするとすぐにイソジンでうがいをする人もいるので、イソジンをコップに入れて、机の上に置いておかなければならない。さらに、厄介なのが、そのあと麦茶も飲む人だと、イソジンの横に麦茶も置くのだ。

 これも大した事ないかと思うかもしれないが、イソジンは水に薄めるので、見た目は麦茶とあまり変わらない。そのため、置く場所を間違えると大変なことになる。ある方は、左がイソジンで右が麦茶と決まっているので、きちんと把握していれば問題ないのだが、たまに度忘れして、逆に置いてしまうと大変なことになる。

 一度、逆においてしまい、麦茶でうがいをし、イソジンを飲んでしまうという事故が起きたが、案の上、その若手は3日ほど、口をきいてもらえなかったらしい。

 麦茶でうがいをした時点で気づいて欲しかったのが本音だろう。芸人は至る所で試されており、それゆえに空気を読む力が長けてくるのである。

(文/元吉本芸人・新津勇樹)