<「バカ曲がり」


 栃原と神瀬との境界、不動谷は、宮川にせり出した山々によって作られた深い谷で、そこを通る道は昔からの難所であり、谷間伝いに大曲がりを余儀なくされたことから「バカ曲がり」と呼ばれた。この谷間沿いの道はわりあい平坦であったが寂しい道で、途中に昼間だけの茶屋が一軒店を開いていたという>

 その標識の場所から、この旧道よりさらに古い「旧旧道」が分岐して谷へ下っていくのが見える。分岐点には「馬鹿曲入口」と書かれた手作りの木の看板。こちらは漢字表記で送り仮名はない。本来ならそちらへ行ってみるところだが、雨がだんだん強くなってきたし、完全なる山道のようだ。さらにこの先の川添駅で乗るべき列車の時刻を考えると、あまり迂回していられない。その列車を逃すと2時間待ちなので、残念ながらそちらへ回るのは断念した。それでも、この標識で馬鹿曲の謎が解けたのは嬉しい。

 そもそも馬鹿とはどんな意味があるのか。改めて手元の『岩波国語辞典』第4版を引いてみると、次のようにある。なお各項目の用例は省略した。

(1)知能の働きが鈍いこと。利口でないこと。また、そういう人。
(2)まじめに取り扱うねうちのない、つまらないこと。また、とんでもないこと。
(3)役立たないこと。きかないこと
(4)<「―に」の形で、また接頭語的に>普通からかけ離れていること。渡はずれて。非常に。
(5)「ばか貝」の略。

 この地の馬鹿曲がどれにあてはまるかといえば、まっすぐ行けそうなのに迂回を強いられて忌々しいといったニュアンスだろうから、(4)の「かけ離れた・渡はずれた」に当てはまりそうだ。

 案内標識の傍らには馬鹿曲がりする旧旧道ルートを示した詳細な地図も表示されていたのだが、大きく迂回するハイライト区間は国道42号ができて残念ながら通れず、復元された旧道はその「バカな迂回」をショートカットしている。この先、新宮までは道路標識によれば142キロだそうだが、山あり谷ありでその距離は実質倍くらいの感覚だったのではないだろうか。それでも後で地元の人に聞けば最近は外国人、とりわけ欧米系の人たちが長距離を歩く姿が目立つそうで、看板の充実を要望されているという。

 自動車のほとんど来ない、またこの雨なので人とはまったく会わない山の旧道を線路に沿って歩いて行くと、クルクルパーが立っていた。誤解しないでほしいのだが、これは特別な鉄道信号機の通称で、正式名称は「特殊信号発光機」という。踏切内で自動車がエンコしたなどの緊急時に、環状に5つ配置された赤ランプがクルクル回転して列車の運転士に異常を知らせるものだ。5つのランプの下には踏切名の「馬鹿曲」を記した札が掛かっているから、「馬鹿曲のクルクルパー」という出来すぎの信号機になってしまっている。

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