実戦と休養のバランスの方程式は、かくも解くのが難しい。恐らくは今、その両要素が心身の内側でせめぎ合っているだろう錦織にとって、全仏で求められるのは1~3回戦で体力を消費することなく勝ち上がり、自信を積み上げて行くことだろう。

 その意味で初戦のタナシ・コキナキスは、格好の相手と言えるかもしれない。196cmの恵まれた体躯を誇るオーストラリアの若者は、2015年に19歳にして世界ランク69位まで達した“次代の旗手”の一人だった。しかし同年のクリスマスに肩を手術し、その後は肘などにも痛みを抱えてツアーから長期離脱を強いられた。以降の1年半の間、出た公式戦は昨年のオリンピックと今週のリオン大会の2試合のみ。そのような状況を思えば「全仏での勝利は期待していない」という本人の言葉も無理からぬことだ。とはいえ、かつて上位勢をも脅かしたサーブと強烈なフォアハンドは、一発でエースを奪う破壊力を秘めている。それだけに錦織側にしてみれば、自信とスピード勝利の双方が期待できる相手と見ることもできるだろう。

 錦織はトーナメントに参戦する時、ドローの全体像は見ないという。彼が確認するのは常に、次に戦う相手のみ。遠い先を見ることなく、目の前のハードルや課題を一つひとつクリアしながら、目指す高みに至るのが彼の流儀だ。

 ならば錦織を見る側も、そのような視座に立つのが好適だろう。

 内容を伴う初戦の勝利。それが今大会での、恐らくは一つの試金石になる。(文・内田暁)