池谷裕二さん(写真左)と佐倉統さん。佐倉「個人を超えて社会の中で脳をとらえ、よりよい社会づくりへの貢献を」(撮影/加藤夏子)
池谷裕二さん(写真左)と佐倉統さん。佐倉「個人を超えて社会の中で脳をとらえ、よりよい社会づくりへの貢献を」(撮影/加藤夏子)

 日々新たなニュースが発信され、研究に役立つ高度なツールの開発も進む脳神経研究の世界。AI(人工知能)の台頭で人とコンピューターが共存する時代には、人間らしいあり方や役割についての新たな価値観の醸成も求められる。将来、研究者を目指す中高生向けの単行本『いのちの不思議を考えよう(3) 脳の神秘を探ってみよう 生命科学者21人の特別授業』では、佐倉統(東京大学大学院情報学環教授)さんと、池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室教授)さんの2人の脳科学者に、医学・生理学から工学、物理、哲学的見地まで広範に及ぶ脳研究の道の将来について語ってもらった。

■ビッグデータの活用で脳をさらに解明、よりよい社会に貢献

――注目のトピックはありますか。

池谷裕二:科学全般としてビッグデータ化が進んでいます。遺伝子の総体であるゲノムの解読が完了して以降、遺伝子の網羅的な発現情報を調べるトランスクリプトミクスや、細胞内タンパク質の総体を調べるプロテオミクスなどさまざまな分野で、生体の分子全体を網羅的に調べるオミックスという研究分野が急速に進展しています。どの分子をブロックすれば病気を止められるのかといった情報を効率的に得られるので、病気の治療や遺伝子診断法などへの活用が期待されますが、課題もあり、扱うデータが膨大すぎて人間には理解しきれないため、データを圧縮したり少数に絞り込んだりしなくてはなりません。こうした加工なしでビッグデータのまま扱い、人間が理解できるよう翻訳してくれるAIがあればと思っています。

 脳科学では、電子顕微鏡を使って人の脳の神経細胞のつながりをしらみつぶしに調べようというコネクトームに注目しています。データは膨大だし脳の神経回路は常に変化しているので、ある瞬間の脳の状態を見ることはできても再現性がないという問題はありますが、脳の配線を網羅した地図ができるのだから、実現すれば脳の理解が飛躍的に進むでしょう。

佐倉統:日本はビッグデータを扱えるようなデータサイエンティストが不足しているので、人材の育成が急務ですね。ほかにも、脳を個人単体レベルではなく社会活動の中でとらえる社会脳の研究も進むでしょう。人間の知性は大規模で複雑な社会集団で生きるために進化したとする仮説があり、大集団の中では協力関係や利他主義、人をだます力なども養われます。こうした脳の行いと、社会で起きることとの関係が分かってくると、社会をよくしていくために科学が貢献できると思うのです。

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