池谷:スマホの位置情報機能などによって、人の動きはすでに把握できるようになっています。ランニングウオッチで心拍など生体データもとれるし、ウェアラブルなツールが進化すれば、脳の活動もとらえることが可能になるでしょう。グーグルグラスのようなメガネのツールで、瞳の径の変化や動きから脳の活動が分かったりするはずです。

■法律や経済学とも融合する脳科学 好きな分野から踏み出そう

――脳研究者をめざすにはどんな準備が必要ですか?

佐倉:医学・生理学、情報科学、工学、物理学など、脳科学の研究分野は多岐にわたり、私のように動物の研究から入る人もいれば、ロボットの研究者が赤ちゃんの脳の発達を調べていたりして、脳研究の最先端は分野を超えてつながっています。どこから始めても多彩なテーマに出合える間口の広い世界だと思いますよ。

池谷:私も、脳研究をするにはどんな大学に行けばいいかとよく聞かれますが、先々はつながっているのだからどこに行ってもいいと思います。ただ、入り口はどこでも構わないけれど、自分の学部のことだけ勉強していればいいわけではありません。脳に興味があって研究の道に進みたいなら、アンテナを広く張っていないといけないですね。

佐倉:医学、工学、理学から入る人は多いですが、心理学や哲学など文系の脳研究者もたくさんいます。カントやデカルトも、今では哲学者とされていますが、当時は自然科学が今のようには独立していなかっただけで、やっていたことは科学です。今、生きていたら神経科学などを研究していたんじゃないかな。経済学でも、人間がどのようにものごとを選択して行動し、それが結果にどう表れるかを究明する行動経済学は脳と深くかかわりますし、法律に興味があるなら、司法精神医学や神経法学。法律にかかわる社会的行動と脳の関係を調べる脳神経法学(neurolaw)はアメリカで人気です。

池谷:大学や学部選びよりも、脳神経学に興味があって「好き」だというのが大事ですよね。米国科学アカデミー紀要(PNAS)の論文によると、アメリカで陸軍士官学校の入学者に志望動機を書かせたところ、国家の安全を守るといった大義を語る人と、「好きだから」というタイプに大きく分かれ、仕事が長続きして出世したのは「好きだから」と答えたタイプだそうです。私自身、研究者になるのに高尚な動機などなく好きだからずっとやってきて、いまだに飽きません。

 研究室で何が楽しいかって、パッチクランプでマウスの脳に電極を刺すと、海馬の神経細胞の一つの活動がガラス電極からコードを伝ってパソコンで解析され、モニターに波形が映るんです。それを眺めていると最高ですね。今目の前にいる動物の脳の特定の神経細胞の活動が、波として見えているんですよ。画面に後光が差して見えるほどです。

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