佐倉統さん(写真左)と、池谷裕二さん。池谷「ビッグデータで脳を網羅的に解明し、人間の独自性を探っていきたい」(撮影/加藤夏子)
佐倉統さん(写真左)と、池谷裕二さん。池谷「ビッグデータで脳を網羅的に解明し、人間の独自性を探っていきたい」(撮影/加藤夏子)

 日々新たなニュースが発信され、研究に役立つ高度なツールの開発も進む脳神経研究の世界。AI(人工知能)の台頭で人とコンピューターが共存する時代には、人間らしいあり方や役割についての新たな価値観の醸成も求められる。将来、研究者を目指す中高生向けの単行本『いのちの不思議を考えよう(3) 脳の神秘を探ってみよう 生命科学者21人の特別授業』では、佐倉統(東京大学大学院情報学環教授)さんと、池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室教授)さんの2人の脳科学者に、医学・生理学から工学、物理、哲学的見地まで広範に及ぶ脳研究の道の将来について語ってもらった。

■共感や恋愛感情は人間だけの脳の働き?

――脳科学のさまざまな研究分野の中でも、お二人が特に興味があるのはどんなことですか?

池谷裕二:人間にしかない脳の機能、「人らしさ」とは何だろうということを常々考えています。人にしかないと思われている脳の働きには直感やひらめき、共感といったものがありますが、共感とは、相手の心理と同じ状態になることです。これは本当に人間にしかないかというと、実はマウスにもあるんです。マウスに電気ショックを与えると、フリーズしたように身動きせず固まってしまいますが、2匹のマウスがいて1匹だけに電気ショックを与えると、もう1匹も同じように動かなくなる。「相手と同じ状態になる」共感が起きています。

 ただ、これは電気ショックを受けて危険を感じたマウスが、天敵が現れたときに見つからないようにするのと同じように、動きを止めて血の気を消したのを見て、もう1匹も同じ行動をとったのです。マウスは集団で生息するので、1匹がフリーズしたら「何か危険があるぞ」とほかの個体も一斉にフリーズするのが群れ全体で身を守る知恵なのです。共感というと私たちは、「人の気持ちが分かる」「思いやりがある」と温かみのある特別なものと思いがちですが、実際には、命をかけた動物たちの闘いの一環。困っている人を助けたいといった同情や慈悲の心とは違うんですね。

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