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バブル時代の小泉今日子は過剰に異常だったか(中)

助川幸逸郎dot.#小泉今日子になる方法

 どうすれば小泉今日子のように、齢とともに魅力を増していけるのか―― その秘密を知ることは、現代を生きる私たちにとって大きな意味があるはず。

 日本文学研究者である助川幸逸郎氏が、現代社会における“小泉今日子”の存在を分析し、今の時代を生きる我々がいかにして“小泉今日子”的に生きるべきかを考察する。

※バブル時代の小泉今日子は過剰に異常だったか(上)よりつづく

*  *  *
■言われたとおりにやってはみるが、言いなりにはならない

 小泉今日子がすぐれたブレーンを得ることができたのは、運のよさだけが原因ではありません。自分に向けられた提言や要求に、真摯に応えようとしたからです。

「活人」のグラビア撮影を回想して、秋山道男は言っています。

<撮影は朝八時から翌朝八時まで裸のまま続き、皮膚に絵の具がこびりついて大変でしたが、彼女は文句も言わずにニコニコやり通しましたね>

<小泉さんの凄みとは、過激な企てを平和にやりのけてしまうところです。しかも、本人が一番面白がっている>(注1)

 川勝正幸は、小泉今日子に「パンパース小泉」というあだ名をつけました。ネーミングの由来は、今までにない吸収力のおむつのように、小泉今日子は何でも吸収するからだそうです(注2)。

「された当人」に応える姿勢があるから提案がプラスに働く。応えてもらえるから周りもさらに提案したくなる――若き小泉今日子と身近な「知恵者」たちのあいだには、そうしたよいサイクルができていたようです。

 かといって小泉今日子は、「えらい人」の言うことには何でも従うタイプではありません。デビュー1年後に、みずからすすんでイメチェンを図ったことからもそれはわかります。

 芸能界入りしてからイメチェンまでの1年間について、小泉今日子は次のように語っています。

<最初の一年は何やってるか分からなかったですねぇ。分からないことには意見も言えないから様子を見てみようという感じだったんです。(中略)服とかも「可愛いいのを着るべきなんだろうな」とか、「ここはひとつ笑っておくべきなんだろうな」とかいうのを一年やってね、ハッと気がついたら、自分が「これ、一体誰なの?」みたいなことになっちゃってた>(注3)


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