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認知症になっても「大丈夫」であるために、すべきこととは?

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 認知症になってもだいじょうぶ?

こう聞かれて「だいじょうぶ」だと答えられる人はほとんどいないはずです。

 総人口の27人に1人が認知症にかかるとされる時代。しかも現在、認知症の予防や治療の決定打といえるものはまだありません。それでも、家族も自分も「だいじょうぶ」だと言えるようになるには、どうすればいいのでしょうか?

 2012年に放送されたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で話題となった介護福祉士の和田行男氏は、自著『だいじょうぶ認知症 家族が笑顔で介護するための基礎知識』の中で、まず認知症を知ること、そして認知症という状態にある人のことを受け止め、吸収することによって、かなりのことが解決できると述べています。

 和田氏が介護の世界に飛び込んだのは1987年。認知症は「痴呆症」と呼ばれ、自宅での生活が続けられなくなった人の多くが、精神病院や老人病院に入院させられていた時代でした。そうした状況に疑問を持った和田氏は、今では当たり前となっている、施設に閉じ込めたり行動抑制したりしない介護の実践や、認知症のお年寄りたちが家庭的な環境のもと少人数で共同生活を送る「グループホーム」の運営など、多くの先進的な試みを続け、“介護の革命児”と呼ばれるようになりました。

 その和田氏が今、強く懸念しているのは、日本では認知症の定義が人によってバラバラだということ。「認知症ってなんですか?」という問いに対し、自分が見て確認した現象だけを「万人に共通する認知症の症状」だと思いこみ、認知症について「知っているつもり」になっていると和田氏は指摘します。

 親が認知症になって、「自分の大事な親がこんなになってしまって」と悲嘆にくれ、介護がつらくなってしまった、という人も多くいます。そんなときに和田氏は、「親がわけわからなくなってしまったのではなく、認知症が親をわけわからなくしているだけである」と捉えることが大切、と説きます。認知症はそれ自体が病気なのではなく、別の病気によって引き起こされる“状態”のこと。だから、認知症になっても、親は親。親と認知症を切り離して考えることで、状態を冷静に眺めることもできるし、笑い飛ばす余裕も生まれる。そして、親を思う気持ちをなくすことなく、笑顔で介護できるようになるのです。

 本書は介護サービスについても解説しています。自宅で暮らすか、施設に入るか。ホテルのような至れりつくせりを望むか、本人らしい生き方を望むか、によっても選択肢はさまざまです。だれでも介護する側、される側になりうる時代。認知症と介護の正しい知識を身につけて、いざというときにもうろたえず、手を差し伸べられる人になりたいものです。


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