理化学研究所発生・再生科学総合研究センター高橋政代プロジェクトリーダー
理化学研究所発生・再生科学総合研究センター
高橋政代プロジェクトリーダー

「(iPS細胞は)まだ一人の患者さんも救っていない」

 2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥・京都大学教授は取材を受けたり、講演会でスピーチをしたりするとき、こんな台詞をしきりに口にする。

 無限の増殖力と様々な種類の細胞に分化できる能力を持つiPS細胞。山中教授らが06年にマウスで、07年にはヒトでiPS細胞の作製に成功して以来、iPS細胞を使った研究が世界中で活発に進められているものの、事実、一人も救えていない。

 しかし今、iPS細胞研究の将来を占う上で試金石となる、世界ではじめてのiPS細胞を使った再生医療の臨床研究が進行している。対象となる疾患は「加齢黄斑変性」。加齢に伴って、視野の中心が暗くなったりゆがんだりする目の難病だ。昨年8月にスタートした臨床研究では、患者自身のiPS細胞を経由して作った網膜組織の一部(網膜色素上皮細胞)を移植することで目の機能の維持、回復を目指す。早ければ今夏、移植手術が行われるとみられている。

 この臨床研究を率いる理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代プロジェクトリーダーは語る。 「いちばんの目的は、安全性の確認です。移植した細胞が正常に働くか、腫瘍はできないか、免疫拒絶反応は起きないかなどをたしかめる。その上で、視力や網膜感度などの目の機能が改善されたかどうか評価します」

 今回の臨床研究で試験的な治療を受ける患者は6人。全国に約69万人とも見積もられている患者数に比べるとごくわずかだ。臨床研究、そしてその後の治験が順調に進んでも、一般の患者がiPS細胞から作った網膜色素上皮細胞を移植する治療法を選択できるようになるまでには10年以上かかるという。しかし、高橋さんは、その先を見すえている。

「じつは網膜色素上皮細胞を移植して治療できそうな病気は加齢黄斑変性以外にもいっぱいある。別の病名が付いていても、治療法が同じなら一つの治験で済ませるべきだというのが私の考えです。いま治験の審査機関に相談しているところです」

 世界初のiPS細胞による臨床研究のプロジェクトリーダーとして重圧は感じないのだろうか? 「重圧とか感じないんですよ。鈍感なのかな(笑)。これまで安全性の検証を積み重ねてきたし、もし問題が出てきても、対処できる自信があります」  iPS細胞には、再生医療以外にも、創薬や難病の解明など様々な使い道がある。詳しくは『やっぱりすごい! 日本の再生医療』で紹介されている。

(サイエンスライター・緑慎也)