●日産が得たアライアンス破壊の「最終兵器」は発動されるのか?

 長期に渡るフランス政府―ルノー―日産の交渉は、意外にも日産に有利なかたちで決着を迎えた。フランス政府は日産の経営権を尊重することで合意、かつ和解を得るために提携契約に1つの重大な変更が加えられた。ルノーを介して日産の独立性や利益に対して脅威が示されたとき、日産には同社の取締役会の決議を基にルノー株式を買い増す権利が加えられたのだ。

 暗黙の合意と経営リーダーの理念で成り立ってきた不文律としての経営の自立性が、この契約書で明文化された。ルノー株式を日産が25%超まで買い増せば、日本の会社法308条の規定で、日産に対するルノーの議決権は消滅し実質的な支配力を失う。

 もし発動されれば、ルノーと日産のアライアンスを根本から破壊しかねない最終兵器のような存在である。ゴーン氏は自分自身が日産の会長として取締役会の過半数を抑えているかぎり、このような事態が現実になる可能性は想定していなかっただろう。しかし、ゴーン氏が不在となった日産取締役会は、権利が生じるときには容赦なくこのボタンを押す可能性がある。

 ルノー・日産の経営統合を進め、いち早く不可逆的な形を形成すべしとする仏政府側の要請に対し、ゴーン氏は政府が企業経営へ関与することを激しく抵抗した。対等なアライアンス精神を守るというのが表面上のロジックであったが、本音では自身の権力を守る保身が見えていたことも事実だ。

 仏政府が経営への関与を強める中、ゴーン氏の軸足は、自身の権力をどう維持するかに移ったように見えた。仏政府の意向通りに経営統合を進めれば、その実現の暁には真っ先に組織から追われるのは自分自身であると考えられたからだ。ゴーン氏のルノーCEOの任期は2018年6月末に満了となることが迫っていた。

 しかし予想に反して一転、ルノーCEOとしてのゴーン氏の任期は2022年まで延長されることがフランス政府によって支持され、ゴーン氏は2018年6月のルノー株主総会で再任された。この時、ゴーン氏は2022年までに、ルノー・日産の企業連合の持続性に疑問が出ない不可逆的な形の資本関係にすることをルノー株主に公約した。

 フランス側のステークホルダーの立場としては、長い年月をかけて育てたアライアンスの大きな成果として、両社の経営統合に進むことは2005年の資本構成変化以来の念願である。これを阻止してきたのはいうまでもなくゴーン氏であったが、ゴーン氏はついに方針転換を決断したのである。ゴーン氏はフランス政府に迎合したかに見えるものの、本音はルノー・日産の統治者として自分が君臨し続けられる仕組みを作りたかったのだと、筆者は推定している。

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ルノー・日産が内紛にかまければ競争に負けて弱体化のリスクも