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任天堂社長「2年目の『スイッチ』は普段ゲームに見向きもしない層まで広がる」

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週刊ダイヤモンド編集部ダイヤモンド・オンライン#企業

君島辰己・任天堂社長 (Photo by Masato Kato)

君島辰己・任天堂社長 (Photo by Masato Kato)

君島達己(きみしま・たつみ)/ 1950年4月生まれ、東京都出身。73年一橋大法卒、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、00年任天堂が出資するポケモン代表取締役、02年から任天堂取締役。米国任天堂会長、任天堂常務経て、55歳の若さで死去した岩田聡前社長の後任として15年9月から現職 (Photo by Masato Kato)

君島達己(きみしま・たつみ)/ 1950年4月生まれ、東京都出身。73年一橋大法卒、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、00年任天堂が出資するポケモン代表取締役、02年から任天堂取締役。米国任天堂会長、任天堂常務経て、55歳の若さで死去した岩田聡前社長の後任として15年9月から現職 (Photo by Masato Kato)

君島達己・任天堂社長に聞く

 任天堂の家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」が絶好調だ。6年で1億台を販売した大ヒットゲーム機「Wii」を超える可能性も見えてきた。2年目以降はどう出るか。君島達己社長を直撃した。(週刊ダイヤモンド委嘱記者 村井令二)

●「ニンテンドースイッチ」が大ヒットした理由

――「ニンテンドースイッチ」は初の年末商戦で、飛ぶように売れましたね。何がよかったと分析していますか。

 今回スイッチを発売したのは昨年3月ですから、ホリデーシーズンのような勢いある環境ではなかったわけです。

 だから、われわれが思ったものを届けるには、具体的にどういうものを用意して何を連続すれば、受け入れていただけるのかよく考えました。きちんと戦略を考えた上でのスタートだったのです。

――ソフトの品揃えを意識したということですか。

 それはもちろんです。最初に何を出すか、そして次に何を出すか。これは非常に大事なポイントですからね。最初に用意したソフトは「ゼルダの伝説」です。過去の任天堂ソフトの中でも力があったし、それなりの思いを込めて作ったソフトです。

 そして4月に「マリオカート」です。これは定番。いいスタートが切れていれば、それなりに受け入れられるとは思いました。それから、スイッチ用の新しいタイトルの「ARMS」、そしてWiiUの時代にヒットした「スプラトゥーン」と連続で投入した。この辺で、スイッチがそれなりのハードだと認めていただけるような素地ができてきた。

 その上で年末商戦向けに出したのが「スーパーマリオオデッセイ」です。これは自信作でしたから、年末のホリデーシーズンにタイミングよくお届けできたのは本当によかった。それまでのスイッチの勢いも伝わっていたので、12月になって一気にスイッチは広がりました。販売拡大が一番大きかったのは12月でした。


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