『6月10日はなんの日?』ソウル・ミュージックの天才、レイ・チャールズの命日 〈Billboard JAPAN〉|AERA dot. (アエラドット)

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『6月10日はなんの日?』ソウル・ミュージックの天才、レイ・チャールズの命日

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『6月10日はなんの日?』ソウル・ミュージックの天才、レイ・チャールズの命日

『6月10日はなんの日?』ソウル・ミュージックの天才、レイ・チャールズの命日


 6月10日は歌手&ピアニストとして活躍したレイ・チャールズの命日。

 レイ・チャールズは1931年アメリカ・ジョージア州生まれ。7歳の頃に視力を失い、15歳で両親を亡くして孤児となるなど苦難の少年~青年時代を送ったチャールズだが、ピアノの才能を開花させプロの道へ。「アイヴ・ガット・ア・ウーマン」(1954年)、「ア・フール・フォー・ユー」(1955年)、「ホワッド・アイ・セイ」(1959年)など全米ビルボードR&BチャートNo.1ヒットを連発し、ゴスペル、ブルース、ジャズなどの多彩なスタイルを織り交ぜた独自の音楽性で一躍ソウル・ミュージック界の中心人物に。そして、1960年にスタンダード曲「わが心のジョージア」のカバーで自身初となる全米ビルボードHOT100首位を獲得。【グラミー】にも輝くなどソウル・ミュージックの天才(The Genius of soul)として時代を象徴するアーティストとなった。

 1986年には【ロックの殿堂】入り、1989年にはクインシー・ジョーンズのプロデュースによるチャカ・カーンとのデュエット「アイル・ビー・グッド・トゥ・ユー」で再びR&Bチャートを制覇。90年代にはサザンオールスターズの「いとしのエリー」の英語詞でカバーが話題となるなど、ジャンルを超越した活動で音楽シーンに絶大な影響を与え続けた。

 レイ・チャールズは2004年6月10日、ビバリーヒルズの自宅で急性肝炎により73歳で死去。同年8月には死の数か月前までレコーディングが行われていた最後のデュエット・アルバム『ジーニアス・ラヴ~永遠の愛』がリリースされ、翌年2月に行われた【第47回グラミー賞】で8部門を受賞した。また、死の直後にはチャールズの生涯を描いた伝記映画『Ray/レイ』も公開され、主演を努めたジェイミー・フォックスが【第77回アカデミー賞】にて<主演男優賞>に輝いている。


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