<ライブレポート>手に汗握るアプローチで展開されるグルーヴの革新 クールな最先端ジャズをホットにプレイするマーク・ジュリアナのプレイに酔い痴れる宵
<ライブレポート>手に汗握るアプローチで展開されるグルーヴの革新 クールな最先端ジャズをホットにプレイするマーク・ジュリアナのプレイに酔い痴れる宵

 詰めかけた人たちの視線がステージの4人に集中する。“最先端のジャズ”を目撃し、体験しようと集まった観客は息を潜めながら最初の音が放たれる瞬間を待っている。漂う緊張感。鍵盤がシュールな音を発し、ベースの低音が響くと、それらを受け止めるようにヘヴィなショットが打たれ、堰を切ったようにテンションの高い演奏が始まった――。

 デイヴィッド・ボウイの遺作『★』(2015年)でのストイックなビート。あるいはブラッド・メルドーとのエレクトリック・デュオによる『Mehliana:Taming The Dragon』(14年)での衝撃的なプレイ。もしくは、アヴィシャイ・コーエン・ユニットでの確固たる存在感。そして、もちろん自身のプロジェクトである『Beat Music』(13年)や『My Life Starts Now』(14年)での斬新なアプローチ。さらにはクァルテットの『Jersey』(17年)で聴かせる幅広いリズム。それらの“張本人”であり“仕掛け人”が、ステージ中央のドラム・セットに陣取るマーク・ジュリアナだ。近年、ジャズ、ロック、エレクトロニカの先端シーンで耳目を集めている1980年、米国・ニュージャージー州出身の38歳。そんな彼が、新作『Beat Music ! Beat Music ! Beat Music !』(19年)を引っ提げて、遂に『ビルボードライブ東京』のステージに登場した。

 今回のライブには『Jersey』の録音メンバーでもあるクリス・モリッシー(b)の他、ニコラス・セムラッドやATCQの新作に参加しているBIGYUKI(共にkey,synth)といった旧知の仲間が帯同。まさに“ジャズの今”が体感できる演奏を繰り広げた。

 いわゆる“新世代ジャズ”を語るとき、常に話題になるのがジャンルを横断した引用のセンスと、グルーヴの概念を書き換えるリズム/ビートの革新だ。マークはクリス・デイヴやジャマイア・ウィリアムス、ネイト・スミスなどと共に、それらを力強く牽引している存在。シーンで果たしている役割の大きさは日を追うごとに増していると言っていい。

 ミニマルで硬質なビート。捻じれたり、よれたり、跳ねたりするブレイクビーツを取り込んだヒップホップ経由のドラマーとは一線を画するリズム・センス。それは、明らかにUK発のテクノやエレクトロ・ミュージックの影響を感じさせる肌ざわり。事実、スクエアプッシャーやフォー・テット、エイフェックス・ツインへの愛着を表明しているマークのドラミングは、従来のジャズに不可欠だったスウィング感がまったくなく、体温すら感じられない瞬間も訪れる。だから、マシンのリズムやループを人力化したようなプレイは、聴き方によっては殺伐と感じられたりもする。

 では、マークは従来のジャズにとって大切だった“体温”や“情緒”を排除した音楽を目指しているのか――。No! むしろ、彼は21世紀のヒューマン・ミュージックとしてのジャズを構築しようとしている。今、マークは「マシンを通して表現される感情やスピリッツを愛している」という言葉を実践し、体現していると言って差し支えない。

 音楽の背後に横たわる“想い”や“意思”を重視していることは、例えば『Jersey』のラストに収録されたボウイ作の「Where Are We Now ?」に垣間見られる。それまでのナンバーとは肌ざわりが異なる懐の深いゆったりした演奏の後半、感情を迸らせるサックスと賛美歌のようなコーラスがリフレインされ、曲が終了する直前に「Thank You David Bowie…」という少女の声が聞こえてくる。もちろん、これは彼へのレクイエム。この感動的な展開を耳にしたとき、マークの音楽観やプレイに対する僕の胸のつかえは下りた。

 無駄な動きのないストイックなドラミングが全体を引き締める。正確無比なパルスを発しながら、時折、エフェクト的なショットを加え、サウンドのテンションを上げていく。そのエッジやアクセントに反応するようにBIGYUKIが奔放に鍵盤を叩いてモダンな音を踊らせ、レゲエっぽいアプローチを垣間見せるクリスのエレクトリック・ベースがダイナミックにうねる。

 その2人とは対照的に冷静な表情で洗練された彩りを加えていくニコラス。ハイ・スキルの各々が互いのプレイに敏感に反応し、共振する音を即興で放っていく。そのスリリングなやり取りを、ときには牽引し、また別の瞬間には後押しするマーク。サウンド全体がクールに躍動し、生命感を漲らせていく。その音粒からは、スタイリッシュであると同時にリアルな肉体感も――。

 背景に映し出されたアブストラクトなグラフィック・パターンとサウンドが重なっていき、その中に吸い込まれていくような快感が全身を走る。ホーンもギターもない代わりに、エレクトロニクスを組み込んだ今宵の編成から繰り出される青白い熱気は、今世紀最上のコンテンポラリー・サウンドの1つと断言できる。20世紀のジャズが紡いできたエモーションとは異なる発露に、マークを中心とするメンバーたちの新しい感性が聴き取れる。マシンやコンピュータのサウンドにナチュラルに馴染み、当たり前の音として聴いてきた世代らしいクールなパッションを湛えたアプローチ。そこからは、確かに“新しいジャズ”を切り拓く鼓動が聞こえてくる。

 ピーンと張り詰めた緊張感の一方で、リラックスしながらサウンドを堪能できる瞬間にも出くわす。演奏が終盤に向かうにしたがい、メンバーの間にくつろぎ感が静かに広がり、ちょっとした余裕が感じられるシーンが――。

 観客の空気を敏感に察知し、表情がやわらいだBIGYUKIが人懐っこいチューンを奏で始める。これこそが、観客と演奏者の間に起こる美しきケミストリー。ステージと客席が1つに繋がる。そんな鳥肌が立つ瞬間に僕は立ち合うことができた。

 萎えた気持ちを覚醒させ、気分をクリアにしてくれた80分。ややダークでストイックな表情のスタートから、次第に深いニュアンスを湛えたブルー・ビートに移ろいでいくプロセスには、マークが頭の中で描いている大きな“物語り”が感じられて――。

 アンコールにはブライトなレゲエが奏でられ、限りなく麗しいエンディングに気分が高揚した。

 現代最高峰のジャズ・ドラマーと称されるマーク・ジュリアナのパフォーマンスは今日(25日)、大阪で目撃するチャンスがある。これまでのジャズが紡いできた“揺らぎ”とはまったく異なる、モダンで、しなやかで、筋肉質なビートやリズムが体感できる貴重なライブ。蒸し暑い夏をクールに乗り切る“処方箋”でも受け取る気分で足を運んでみてはいかがだろう。目の前で展開されるスリリングなプレイに、思わず身を乗り出すこと間違いなしだ。

◎公演情報
【マーク・ジュリアナ’s BEAT MUSIC】
ビルボードライブ東京
2019年7月24日(水)※終了

ビルボードライブ大阪
2019年7月25日(木)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30

<出演メンバー>
Mark Guiliana (Drums, Electronics)
BIGYUKI (Keyboards, Synthesizers)
Nicholas Semrad (Keyboards, Synthesizers)
Chris Morrissey (Electric Bass)
◎リリース情報
アルバム『BEAT MUSIC! BEAT MUSIC! BEAT MUSIC!』 
AVAILABLE NOW
AGIP-3603 / 2,300円(tax out.)
*日本盤オリジナルライナーノーツ収録

Photo:Masanori Naruse

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。梅雨明け間近、陽射しが気分を“夏モード”にギア・イン! 今夏は、あらかじめ冷やして飲むことを想定して造ったワインを、ぜひとも満喫したい。以前からアンティノリの『カプスーラ』(白)や『フィキモリ』(赤)などがあったけれど、最近はファルネーゼがリリースした赤の『ファンティーニ・コレクション』に興味津々。しなやかなタンニンとフレッシュな酸、フルーティなエキス分など“Too Match”にならないストラクチャーは、7~8℃くらいの温度で飲むと魅力全開。猛暑でも飲み疲れない商品開発に脱帽です。